【一問一答】伊調「まだ通過点、50点くらい」
レスリング女子で五輪4連覇の伊調馨(32)=ALSOK=が13日、国民栄誉賞の受賞が決まったことを受けて、都内のホテルで会見を行った。伊調は五輪史上初となる女子個人種目4連覇を達成。国民栄誉賞受賞はレスリング界では2012年吉田沙保里以来2人目となる。伊調の喜びの一問一答は以下の通り。
-喜びを一番誰に伝えたいか。
「(リオ五輪の)試合の時に最後は母が助けてくれたので、母に伝えたい気持ちもあるが、母はきっと『死んだ人間に感謝するのではなく、生きてる人に感謝しなさい』と言うと思う。なので、関係者の皆さま。特に、練習拠点である警視庁第六機動隊の皆さんは、横断幕もつくってくれて、本当に温かく迎えてくれた。一番伝えたい人です」
-国民栄誉賞の記念品でほしいものは。
「五輪に4度出させていただいて、これからまた世界に出ていく機会も増えると思うので、日本人女性として着物や日本人の誇りである和装の文化を伝えていきたいと、この年になって思うようになった。なので着物をおねだりしたい」。
-つらかった時期は。
「もちろん厳しい練習をしないと世界でいいレスリングできないし、勝てないと思う。でもそれをいかに楽しくやるかが大事。1人で乗り越えられない練習でも仲間と乗り越えられた」
-印象に残る試合は。
「長いことやってきているので、五輪はどの試合も印象的。リオは最近なので鮮明に残っている。やっぱり決勝の試合は悔しい内容で、できればあの相手選手ともう一度戦いたい」
-リオ五輪の試合後は「25点」と採点したが、国民栄誉賞も受賞して、レスリング人生を採点すると。
「自分の中ではまだ通過点で、まだもっといいレスリングをつくっていきたい。また、若い人にも技術や取り組み方を指導していきたい。なので、自分の中ではまだ半分。50点くらい。満足してない?そう言われると…(苦笑)」
-東京五輪での5連覇への意欲は。
「次が東京五輪というのは私の中では大きい。なかなかないことなので、挑戦してみたい気持ちはもちろんある。ただ、けがの状態もある。年齢は関係ないが、これから自分が何をしたいのか、いろんな選択肢を時間を掛けて考えたい」
-以前は(国民栄誉賞は)「華やかすぎて似合わない気がする」と話していたが、あらためてどうか。
「ご存じの通り、マスコミさん(への対応)が苦手で、これまでひたすらレスリングに打ち込ませていただいた。ただ、その代わりレスリングの普及、繁栄には尽力できていなかったと反省。これから、まだマイナーからなレスリングをメジャーにするために(自分も)変わっていきたい」
-今月24日に地元・青森県八戸市でパレードがある。
「まだ八戸には帰れてないので、その時に思いっきり『獲ってきたよ』とたくさんの人に金メダルを見せたいので楽しみ。早く帰りたい」
-女子レスリングの底上げのために、教えたい対象は。
「時々、地方のちびっこや中高生に指導してくれと依頼を受けることあるが、まだ現役なので指導は半人前だと感じてきた。世代によって教え方は変わるし、一番伝えないといけないことも違う。どの世代にかぎらず、ちびっこ、ジュニア、シニアと、たくさんの世代とふれあう機会があればどんどん参加したい。それが自分の糧にもなるし、一番やっていかないといけないこと」
-吉田沙保里以来の受賞となったが、あらためて自身にとって、どんな存在か。
「私は同じ国民栄誉賞をいただいて、それでも(吉田と)同等だと思っていない。成績以上に見習わないといけない。尊敬する先輩」
-吉田とよく比較される。
「私も沙保里さんも気にしていない。(吉田は)いつも気にしてくれて、心配してくれる。ふだん私が東京にいる分、すごく気遣ってくれる。沙保里さんがいないと私もこうやって以前と変わらずにレスリングに取り組めなかった。ありがたい存在でした。沙保里さんも感謝を伝える一人です」
-国民栄誉賞を受賞して、街で声を掛けられる機会も増えそうだが。
「すごくありがたいことで、本当は立ち止まって皆さんと2、3分お話しできたらいいんですけど…。つまらなそうな顔をしてしまってるかもしれませんが、許してください」
-自身にとってレスリングはどんなものか。
「一言で言うと私自身をつくってくれたもの。物心つく前からレスリングを続けてやってこれたのは、人との出会いがあったから。難しさや、やりがいもすべて教えてくれたし、私も熱中できた。レスリングがなければこうやって人生を懸けることはできなかった」