友綱親方、最後の稽古にも淡々「思い出を振り返るタイプじゃない」
大相撲の友綱親方(64)=元関脇魁輝、本名・西野政章=が10日、都内の友綱部屋で師匠として最後の稽古を見守った。部屋付き親方の大島親方(42)=元関脇旭天鵬=が11日付で年寄名跡友綱を襲名し、友綱部屋を継承。モンゴル出身として初の部屋持ち親方となる。12日で65歳定年を迎える友綱親方は年寄大島を継承・襲名する。
今の角界でも屈指の厳格さで、横綱白鵬(宮城野)にも特別視はせず、筋のきっちり通った親方で知られてきた。最後までその姿勢は変わらず、弟子には「体をぶつけろ」「下手だよ」と厳しい指導。稽古場にピリピリ感を漂わせた。
「あんまり気持ちは変わらない。思い出を振り返るタイプじゃない。前しか見ない」。節目の日にも特別な感情は湧かなかった。
相撲一筋の52年だった。青森県出身で1965年、中学生時に上京し友綱部屋に入門した。序ノ口通過に1年かかるなどしたが、じっくりと力を付け、73年秋場所で新十両、75年九州場所で新入幕した。速攻、突っ張りを武器に金星は三つ。三役は4場所、三賞は敢闘賞1度を獲得した。
87年春場所限りに引退し年寄高嶋を襲名。89年に友綱部屋を継承した。名門部屋ながら「この人数、このメンバーでと思った。オレが十両昇進した時は付け人2人と3人しかいなかったから」と、振り返るほど、当時は低迷期が続いていた。
元大関魁皇(現浅香山親方)との出会いが親方の部屋の運命を変えた。中学生時の柔道少年に惚れ込み、熱心にスカウトした。
見込んだ通り、大器は伸び、5度の優勝を果たした。「優勝力士が出るとは。(大関昇進を知らせる)使者を部屋に迎えられるなんて思ってもみなかった。そんな弟子に出会えるなんてなかなかない」と感謝した。
その後も関脇魁聖、幕内戦闘竜、太刀光らを育てた。12年夏場所では移籍して間もない旭天鵬が史上最年長で優勝。「節目、節目で出会いがあった」と、しみじみと感じた。
白鵬が場所前に友綱部屋に出稽古するのは恒例。今は関取4人を抱える有力部屋に復活。「いい形で後を託せる」と役目は果たし安どした。後継の大島親方にはいつも心得を伝えてきた。「最初に自分の意思を弟子に伝えるのが大事。師匠が変われば、やり方も変わる」と、新師匠にすべてを託す考えだ。
2006年から3期、14年から1期と日本相撲協会理事を通算4期務めた。特に10年の横綱朝青龍の暴行事件では調査委員会委員長として手腕を発揮。出国禁止、イベント出演中止など厳しい措置を下した。昨年から今年春場所まで審判部副部長を務め、手付きの厳格化を徹底し、土俵下から目を光らせた。
角界の“ご意見番”は一線を退き、今後は“後方支援”に回る。定年後は協会に再雇用される手続きをしており、参与として八角理事長(元横綱北勝海)の定めた職務に就く予定だ。