陸上世界選手権・男子５０キロ競歩で銅メダルを獲得した小林快は、家電量販店「ビックカメラ」の店員である。しかも、売り場で接客をしているとか…。そこで、小林選手が働いているビックカメラ池袋本店サングラス売り場にお邪魔して、接客を体験して実際にサングラスを買ってみました。

　「いらっしゃいませ！」。さわやかな笑顔で出迎えてくれた小林に希望を伝えた。西日がきつくなる季節なので、ジョギングや、運転している時にちょうどいいものを、予算は数千円で…。「分かりました」とハキハキした返事で陳列棚に視線をやると、現役選手ならではの商品説明をしてくれた。

　「かっこいいと思ってかけた方がモチベーションになると思います。フィット感はそれぞれ違うんですけど、ＵＶカットは大きな違いはないですね」

　値段やデザインなど、総合的に判断して商品を決めると、「ありがとうございます！」と一礼した後で「すいません…レジを打つ権限がまだないので」と先輩の待つレジに案内してくれた。

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　実際に小林が売り場に立っているのは週１回ほどのペースだが、練習や大会、合宿の都合で長期間出勤できないこともあるという。昨年１１月からサングラス売り場を担当。競技で着用することが多いので、「レンズの色や形だったりで全然（着用感が）違うので、経験を踏まえて提案できるかなと」と選手としての経験をフィードバックしている。スポーツ用途のお客さんには「そこまで本格的じゃなくても、とおっしゃる人もいらっしゃるんですけど、今まで想定していなかったことを想定する必要もあるので」とずれや視界の確保に優れたものを提案している。

　１５年４月入社の小林は人事部スポーツコミュニティー室の所属。選手としては同社陸上部で活動中だ。女子競歩の岡田久美子と選手は２人だけという小所帯のビックカメラ陸上部をなぜ選んだのか。一つは１４年に岡田が入社するのを知り「競歩に理解のある会社と思ったから」。もう一つに“ならでは”の理由で、ポイントカードを入れた財布をなくした時に、「どこの会社よりもものすごく丁寧に対応してくださったんです」というものがあった。人にそういう対応ができる社会人になりたいという思いが決め手になった。

　「店舗に立つより寝ていた方が体は楽、というのはないわけじゃないです」とも正直に語る。ただ、それを超えて接客をすることで得られるものは多い。「頑張ってくださいって言ってもらうと、それってただ練習しているだけじゃ、そのひと言ももらえなかったと思うんです」という出会いが一つ。もう一つ挙げるのは「人への対応の仕方」だ。

　「物を買っていただくということで、なおさら人への対応を考えるようになりました。選手の時だったり日常生活だったりで、人に対する時に、ここはどうするのが一番いいか、ということを考えられるようになりました」

　コーチにはどう接するのがよいか、ライバル選手には、協会のスタッフには…。そういったことまで思い巡らせられるようになったという。

　人間的な成長も見込める“二足のわらじ”だが、もちろん同僚のサポートなくして成り立たない。サングラス売り場を含む「ビックコンタクト」の責任者である堀江秀一さんは優しく小林を見守る一人だ。「お客様の真後ろには絶対立つなと言っているんですけど。３メートルぐらい離れて商品を清掃する姿を見せなさいという話をしています」など必要に応じた助言をしている。約１年の店舗経験で「自ら場所を把握して探して、『ある、ない』というご案内の部分はきびきび動けるようななったかなと感じています」と成長に目を細めていた。

　売り場には小林のパネルが飾られ、世界陸上の際は店舗近くに集まってテレビ観戦した。世界陸上銅メダルの効果はてきめんで、堀江さんによると、小林が不在の日に「今日はいないんですか？」と残念がるお客さんもいるという。小林自身は「競歩をやめてもここに残っていいという話にはなっているので…。競歩で培ったことも会社に還元できるかなと考えています。やっぱお前、使えないからとなるかもしれないですけど（笑）」と、いつかくる引退の後も会社には残るつもりでいる。

　当面の目標は兵庫で行われる来年２月の全日本選手権となる。その先には１９年のドーハ世界選手権、さらに２０年の東京五輪も控えるが、「２年計画、３年計画というのは好きじゃなくて」と話す。「一つ一つの試合に全力で、過去最高の自分で臨んでいくことで、成功だったり失敗だったりが見えて、また次の試合に何をすればいいのか見えてくると思います」。売り場の仲間に、お客さんの励ましに背中を押され、東京五輪への道を歩んでいく。