御嶽海が初優勝!長野県出身は208年ぶり インタビューで男泣き
「大相撲名古屋場所・14日目」(21日、ドルフィンズアリーナ)
関脇御嶽海が初優勝を果たし号泣した。栃煌山を寄り切って13勝1敗で千秋楽を待たずに決定。優勝制度が確立された1909年以降、長野県出身では初の賜杯、江戸時代にさかのぼれば史上最強の伝説を誇る雷電為右衛門(らいでん・ためえもん)以来、208年ぶり故郷に歓喜をもたらした。名門出羽海部屋では80年初場所の横綱三重ノ海以来、38年ぶり50度目の優勝となった。関脇の優勝は15年夏場所の照ノ富士以来3年ぶりで、平成生まれの日本出身力士では初。新世代のヒーローは秋場所(9月9日初日、両国国技館)で大関とりに挑む。
御嶽海は花道で付け人と抱き合い歓喜した。笑顔で優勝インタビューに臨んだが突然、込み上げた。目頭を手で何度も押さえ、鼻をすすり、号泣した。
「緊張したけど周りの人の声援を聞いて優勝しないといけないという感じになって何とか勝てました」。極限の緊張から解放され、自然と流れた涙が止まらなかった。
準地元場所。故郷から連日、大応援団が来た。この日の大一番も館内が割れるほどの「御嶽海」コール。重圧を力に変えた。
実力者の栃煌山に左差し。右を巻き替えて、はずで押し上げ寄り切った。初日から不変の前に出る速攻相撲で初優勝を決めた。その瞬間、座布団が乱舞。「拍手の嵐。味わったことがない」。一生忘れない景色を見た。
史上最強の伝説力士、雷電を生んだ長野は長い間、“相撲後進県”に甘んじた。78年、長野国体で御嶽海の故郷、木曽福島町に相撲を招致。これを機に県を挙げて強化プロジェクトが動きだした。
指導者が育ち、有望な選手が増えた。中学時代、御嶽海を教えた安藤均氏(59)は冬は階段ダッシュ、タイヤ引きで下半身を鍛えた。「先を見据え、上とつながる指導」。中学、高校と着実に力を付け、東洋大では個人15冠に輝いた。
角界入りして、御嶽海は同県記録を次々と塗り替えた。15年名古屋場所で新十両に昇進し、全国最長37年間の関取不在期間を止めた。そして伝説以来208年ぶりの優勝。県民の願いが40年かけて結実した。
今春の巡業で、同県東御市にある雷電の墓参りをした。風もないのに「線香に火が付かなかった」と、不思議な気を感じた。天下無双パワーを受け取った。
出羽海部屋では38年ぶり50度目の賜杯。大学卒業後、和歌山県庁に就職予定だったが、師匠の出羽海親方(元幕内小城ノ花)に名門再興を請われプロ入りした。人の希望を背負ってかなえる-。ヒーローを地で行く男だ。
来場所の大関とりについて、八角理事長(元横綱北勝海)は「そういうことになる」と明言した。2場所計22勝とし、大関昇進の目安となる三役で3場所33勝へあと11勝だ。「あと一番、勝って終わりたい」。3横綱、1大関不在の荒れる名古屋。世代交代を突き付けた25歳が、きっちり締めくくる。