稀勢の里が引退へ 前夜に申し出 師匠も無念「横綱だから結果を出さないと…」
大相撲の第72代横綱稀勢の里(32)=本名萩原寛、田子ノ浦部屋=が現役を引退することを16日、表明した。初場所4日目のこの日朝、都内の部屋で師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)が会見して発表した。
結論を問われた親方は「今日はもう出場しません。きょうで稀勢の里は引退します」と語った。
3日目、15日の平幕栃煌山に力なく寄り切られ初日から3連敗。15日制の定着した1949年以降、横綱ワーストの9連敗(不戦敗含む)となり、打ち出し後に今場所初めて師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)と話し合い、決断した。
前夜は30分程度の会談で横綱から「引退させて下さい、引退します」と申し出。親方は「そうか、ご苦労さん」とねぎらった。「それ以上の言葉はかけられなかった」と親方も無念の気持ち。横綱の表情も「いつも通りだった」という。
引退理由は「見ていても一生懸命。思うような相撲が取れていないのが現実。横綱だから結果を出さないと。結果に結びつかなかった」と代弁した。
大勢のファンが復活を期待したが応えられず。「結果を出せるならもっとファンの方も私もやってほしいと思うけど。稀勢の里は我慢強い力士。引退というのは覚悟があった。それを思えばもっと続けてとはならなかった」。限界まで戦い、力尽きた。
現役時代も師弟でも間近で過ごしてきた。「話はうまい方ではないけど一生懸命、真面目。一番は素直な男」と人柄を表する。横綱昇進後の2年は絶頂もどん底も味わった。「(横綱昇進は)うれしい面はあったけど本人はすごい格闘していた。あっという間だった」と目を潤ませた。
17年初場所で悲願の初優勝を果たし19年ぶり日本出身横綱の誕生で日本中が空前の“稀勢の里フィーバー”に沸いた。相撲人気復活の立役者は新横綱優勝を果たした同年春場所で左上腕部などに重症を負い翌夏場所から8場所連続で休場した。ボロボロになり17年に及ぶ土俵人生に幕を下ろした。今後は親方として後進の指導に当たる。年寄株「荒磯」を取得している。