稀勢の里が盟友たちにもらしていた本心「やっぱり相撲は楽しい。やめられない」
「大相撲初場所・4日目」(16日、両国国技館)
引退となった横綱稀勢の里と、同期の琴奨菊(佐渡嶽)と、豊ノ島(時津風)が土俵を去る盟友への思いを語った。
3人は02年に初土俵を踏み、新弟子が半年間通う相撲教習所時代から稽古し、切磋琢磨してきた。04年の十両昇進も同じタイミングだった。今場所前には3人で稽古も行っていた。
琴奨菊は終始穏やかな表情で思いを語っていたが、最後に改めて稀勢の里について「どんな存在だった?」と問われると、約20秒間絶句した後、涙をこぼした。「負けないようにと…」-。
順調にいけば、今場所で幕内の対戦回数記録の最多を更新する67回目の対戦が実現するはずだった。「楽しみだったんですけどね。自分の成長を試せる相手だった。勝てば相撲がのっていったし、負けたら悔しい。自分はそうやってきたので」と名残惜しみつつ「明日からもう1回、気持ちを入れ直して頑張っていきたい。一緒に盛り上げてきたんで。底力を見せたいという気持ち」と、盟友の分も土俵を盛り上げていく覚悟を示した。
豊ノ島はこの日、若隆景を寄り切りで下し、2勝2敗とした。「特別な思いというか、勝てればいいなと思っていた」と、ホッとした表情を浮かべた。
稀勢の里の話になると、思いを噛みしめた。昨晩、引退の報告があったという。
「LINEできて、思わず電話をした。『お疲れさまでした』とちゃんと自分の言葉で伝えたかったので。寂しい。一言でいえば、本当に寂しい。横綱になった者にしか分からない重圧があったと思う。なかなか日本人が外国勢に勝てない中で日本人の筆頭として、戦ってきて、見事に横綱になった。ファンの思いも1番背負っていたんじゃないかな。同じ時代に戦えたことを誇りに思う」。
年齢は高校卒業後に入門した豊ノ島、琴奨菊が、中学卒業後に入門した稀勢の里より3学年上だが、若き日の稀勢の里の原石としての輝きは違ったという。豊ノ島が振り返る。「化け物みたいな15歳だったから。萩原(稀勢の里)は。1番最初はそんなに印象はなかったんだけど、でもみるみる1日1日強くなっていった」。稀勢の里は相撲経験のあった2人に追いつこうと必死だった。「『早く追いつきたかった。2人の背中を追っていた』と言ってました。あっという間に追いつかれて、背中を見ることになったけど」と、豊ノ島は笑った。
今場所直前に稽古した際、稀勢の里はこうもらしていたという。
「やっぱり相撲は楽しいですね。やめられないですよ」-。
豊ノ島は「あれが本心だったと思う。本当はまだやりたかったんじゃないかな。僕も横綱稀勢の里と対戦したかった」と、名残惜しそうに話した。