“消えた”シューマッハーを巡る狂騒曲…欧州の記者、カメラマンが語る現状
伝説のF1ドライバーが生死に関わるけがを負って5年、家族と数人の関係者だけで現状は秘されており、メディアでは憶測が飛び交ってきた。続報が絶えてきた中で、膠着状態を破ったのがスペインを起点とした報道。真偽が曖昧な情報が入り乱れるなか、担当する記者とカメラマンの目から見た確かなものとはー。
ミハエル・シューマッハーは、日本でも知らない人の方が少ないはず。年間総合優勝7回、通算91勝など、今も複数のF1歴代1位の記録を持つ不世出のドライバー。その圧倒的な強さから「皇帝」「サイボーグ」とも呼ばれていた。
冷静無比な男の人生は引退後に暗転する。2013年12月、フランスでスキー中に頭部を強打して重傷を負った。数回の手術、入院を経てスイスの自宅で静養しているとされていたが、何度も死亡説、脳死説が流れている。
突然の続報は、複数のスペインメディアなどからもたらされた。昨年7月、妻コリーナさんが地中海に浮かぶマジョルカ島に3000万ユーロ(当時で約37億8000万円)の別荘を購入。さらに彼の母国であるドイツの女性週刊誌が今年1月、別荘に複数の人が出入りしていたことから「クリスマスから1月3日の50歳の誕生日をマジョルカで過ごしたのでは?」との記事を掲載した。現在のところ、これがシューマッハーの最新情報として世界に伝えられている。
記事では、別荘を見下ろすところから庭の写真を掲載。写っている白い服の女性について「(介護を担当する)看護婦かもしれない」との記述がある程度で確定的な要素は見当たらない。あとは広大な別荘を複数の写真で紹介、敷地内にはヘリポートがあり、移動に使用したとされるヘリコプターのモデルが紹介されている。
この報道に疑念を抱いているのが、マジョルカを中心に活動するグラフィックレポーターのジョアン・ジャドーさん。欧州の各種メディアに写真提供しており、自身も昨年11月から今年1月まで、特にクリスマスから年明けまで連日別荘近くに張り込んだ。しかし、「出入りを見たのは車1台。介護に少なくない人数が必要なはずなのにそんな状態で移動したとは思えない」と説明する。
ドイツから複数の取材依頼を受けていたため、元F1ドライバーと家族がマジョルカを訪れた、または可能性があったことは否定しないものの「自分の目で見ていないものは信用しない。伝えられていることのほとんどは根拠の乏しいもの」と、真偽不明な情報が少なからずあるとみている。なお1月の“スクープ”を手にしたパパラッチの女性は、デイリースポーツの問い合わせに対し「その後新しい情報はない」と答えるにとどまった。
シューマッハーへの関心が衰えない要因の一つとして、家族からほどんど情報が出ていない点が挙げられる。16年9月、シューマッハー家の代理人が「彼は歩くことができない」と明かした。これは、「歩行可能なところまで回復した」と報じたドイツ誌を訴えた裁判でのことで、元ドライバーの健康状態を伝える数少ない公式発表となっている。
さらに昨年夏、別荘購入の際に「シューマッハーがマジョルカに移住」との報道が流れ、地元自治体、アンドラッチの市長が「シューマッハーが私たちの街に住むことを公式に発表するとともに、ここで誰もが受け入れ準備をしている」とのコメントを発表した。しかし翌日にシューマッハーの広報担当がマジョルカ移住話を否定、これを受けてアンドラッチ市役所は誤解か誤訳があったとして「市長が出したとされる発言は事実ではない」との声明を出さざるを得ない事態になった。どちらのケースも家族が報道を受けた後に、明確な形でリアクションした点で共通している。
マジョルカ島で取材活動をしているドイツ紙ビルドのアレスー・ライスドーフ記者は、頑なとも言える家族側のスタンスについて「家族は、世間がかつての強く無敵だったシューマッハーの姿をイメージとして残しておいて欲しいのではないか」と推察する。ここからは筆者の想像だが、だとすれば現在の姿は以前とはかけ離れている事になる。だからこそ隠す、だからこそ周囲は余計に覗き見したい欲求を掻き立てられる…家族の願いとは全く逆の展開に進む悪循環になっているのではないか。
こうして世間の関心は絶えることなく、一方で確かなことは分からない。そんな中、ガス抜きのようにふわっとした“目撃情報”が出る状況と言えるだろう。
「今後も続くのではないか。この流れが終わるとすれば何らかの形で誰もが納得する情報が出てくる以外考えられない」と前出のライスドーフ記者。出口が見えないシューマッハー報道の結末は、神のみぞ知るというところだ。(デイリースポーツ・島田徹通信員)