【五輪コラム】氷の川で「雪の女王」対決 ブルホバ、栄冠の影に名伯楽
アイスバーンの上で火花が散った。アルペンスキー女子回転のペトラ・ブルホバ(スロバキア)とミカエラ・シフリン(米国)。ブルホバは「私たち2人のうち、相手を上回った方が優勝する」とライバル関係を語っていた。「雪の女王」の座を巡る26歳同士の熱い戦いが9日、クライマックスを迎えた。そして結末は残酷なほどの明暗-。
▽実績VS実力
ブルホバは今季のワールドカップ(W杯)回転で7戦5勝。優勝できなかった2試合はどちらも2位に入っており、この種目は表彰台を逃したことがない。昨季のW杯総合チャンピオンは今シーズン、精緻なテクニックが必要な回転で抜きんでた力を発揮し続け、既にこの種目のW杯タイトルを確定させた。
シフリンも負けていない。新型コロナウイルスに陽性反応を示し、今季の中盤戦は欠場を余儀なくされながら回転2勝。つまり、ブルホバを退けたのはシフリンだけなのである。五輪の実績も2014年ソチ大会で回転、18年平昌大会は大回転で金メダルを獲得。容姿も相まって人気も高い。W杯回転での47勝は、レジェンドのインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)をも上回る男女を通じて最多記録保持者である。
実績のシフリン、実力のブルホバ。回転は旗門ぎりぎりをアタックし、必然的に失敗も多い。しかし攻めなければ栄光もない。オール・オア・ナッシングの競技だ。世界最高の女子スラローマーの戦いは、氷点下10度のいてつく寒さの下、コース名「アイスリバー(氷の川)」に立てられた65の林立する旗門の前で始まった。
▽苦しんだ1回目
2人だけに絞れば、結末はあっけなかった。第1シードの中でもトップシード7人の最後に登場したシフリンが、1回目をスタートしてわずか5旗門目でバランスを崩してコースアウト。途中棄権に終わった7日の大回転に続くあっけないミスに、コース脇で頭を抱えてうずくまった。「世界の終わりじゃない」と言葉を絞ったが、ショッキングな姿がテレビを通じて世界へ伝えられた。
ブルホバも苦しんだ。1回目はトップに0秒72もの大差をつけられて8位に沈んだ。だが、彼女には実績十分のコーチが付いていてくれた。スイス人のマウロ・ピニ。14年ソチ五輪で滑降と大回転の2冠のティナ・マゼ(スロベニア)や、昨年の世界選手権スーパー大回転を制したララ・グートベーラミ(スイス)らを指導した経験を持つ名伯楽が今季から彼女のチームに加わっていた。ピニ・コーチは1回目の出遅れを悔やむブルホバに言ったそうだ。「勇気を出せ。失うものなんてない。後悔することもない」と。そうしたら彼女はすぐに気持ちを整えた。
▽夢見てきた五輪の勝利
ブルホバは勝負の2回目に鬼気迫るスラロームを展開。65の旗門をなぎ倒して快走し、ラップタイムを刻んだ。重圧がかかる後続は上回れない。2位に100分の8秒差のミクロの戦いを制して五輪初のアルペンスキー金メダルを母国にもたらした。
「正直言うと(1回目の後)冷静でいられなかった。でも私のチームからすごいパワーをもらった。彼らは繰り返しこう言った。『自分は強いと信じろ。自分のスキーに集中して楽しめ。他のことは考えなくていい』って。ベストのチームとベストのコーチがいてくれて私はラッキーだった」
「五輪の勝利をずっと夢みてきた。今シーズン、私は本当に強いと思う。そして今日は自分に全てを注ぎ込んだ」
シフリンのショックは計り知れない。自らをスキーにいざなった父親、ジェフを2年前の2月2日に突然失い、現役引退を考えたこともあった。シフリンに人生のモットーを教えた父に五輪金メダルをささげたいと願ってきたが、夢はかなえられず「自分を限界以上にプッシュしてしまった」と悔やんだ。
パートナーの男子のスター選手、アレクサンデルオーモット・キルデ(ノルウェー)がスーパー大回転とアルペン複合でメダルを獲得し、再起への刺激を受けた。残る種目での巻き返しを図る。(共同通信・小沢剛)