【五輪コラム】靴の修理阻む「バブル」 極寒の張家口、頼みは粘着テープ
北京冬季五輪のスキーやスノーボード会場は河北省張家口市の山間部にある。北京から約180キロ離れた標高約2000メートルの高地で、夜は氷点下20度前後まで冷え込む。極寒の中、筆者は外部との接触を遮断された「バブル」内で日々を過ごしている。
筆者はぜい肉に恵まれ、人一倍寒さに強いのが自慢だ。3年半の札幌支社勤務で磨きをかけ、1月30日に中国入りするまで、東京でダウンジャケットも着ていなかった。
6日のフリースタイルスキーの女子モーグル決勝は夜に行われ、気温は氷点下16度に迫った。北海道の内陸部と比べればまだ暖かい。ただ、何時間も立ち続けると話は別だ。まつげには霜のような氷が実り、常時着用のマスクは結露と同じく外気と息の寒暖差でびしょぬれになる。2枚重ねした手袋も冷気にさらされ、中に忍ばせていたカイロもぬくもりを失う。
川村あんり(東京・日体大桜華高)は気迫に満ちた熱い滑りで攻めたが、5位であと一歩、メダルに届かなかった。レース後は悔しさで目に涙をためながら、待っていた報道陣に「寒い中、ありがとうございました」と礼を述べた。この言葉で心をつかまれた記者は筆者だけではないだろう。
寒さで思うように動かない手だけでなく、筆者は足にも問題を抱えていた。6日の昼前、今大会の日本勢第1号の銅メダルを獲得した男子モーグルの堀島行真(トヨタ自動車)の一夜明けの記者会見を取材、原稿にまとめ終えた時のことだ。立ち上がると登山靴の右足のつま先が“かぱかぱ”している。まさか…。底が3分の1ほど“ぺろーん”となっている。まだ5回ぐらいしか使っていないのに。
張家口で取材を開始した1月31日、氷点下20度を下回る気温に強風が加わり、大会公式アプリの体感温度は氷点下30度を表示した。万全の装備でも寒さがこたえる。「このまま試合に行けば、凍傷になるかも…」。とにかく焦り、デスクに原稿を入れたことを伝えるのも忘れた。
急いでプレスセンター(PC)のヘルプデスクにいる男子学生ボランティアに英語で「strong glue(強力接着剤)」を貸してと言っても伝わらない。でも、大丈夫。日本人は漢字が使える。携帯電話に「我欲接着剤」と打ち込んで見せたが、けげんな顔をされるだけだった。
靴を見せて、ようやく危機的状況を理解してくれた。急いで連れてきた別の女性ボランティアが「接着剤はないけど、粘着テープならあるよ」と協力してくれた。みすぼらしいが、なりふり構っていられない。応急処置を施してPC内の売店で接着剤を探したが、置いていない。開催準備に万全を期した大会組織委員会の想像を超えたようだ。敷地内にあるアウトドア用品店に向かおうにも、ゲートがあって先に進めない。五輪スポンサーでもないし、営業しているか怪しい。それ以前に監視の目をかいくぐって、バブルの外に出られるはずもない。新型コロナウイルス禍に思わぬ形で追い詰められる。
結局、そのまま夜の取材に出発。モーグル会場と記者室を結ぶ約80段の階段で早くも靴底がぐらついた。粘着テープの半分がはがれかけていた。隙間から入った雪がテープの粘着力を奪ったのか。補強を重ね、靴の中に氷雪が入るのは防げたが、つま先は冷え切った。
7、8日は北京市内のメインメディアセンター(MMC)にある会社の拠点に立ち寄った。瞬間接着剤を見つけて一気に期待は膨らんだが、量が少なくくっついてくれない。品ぞろえが豊富なMMC内の売店もスティックのりしか置いていない。
聖火が消える前に希望の灯が消えた。「柵の外ではいくらでも買えるはずなのに」とここでもバブルに恨み節をつぶやき、大都会を去った。張家口の駅に着くと刺すような寒さが襲ってきた。
幸いにも顔なじみになった張家口のボランティアは「粘着テープが必要ならいつでも言って」と気遣ってくれる。温かい人情に甘え、受難の日々を乗り切りたい。ただ前向きな思いと裏腹に、靴の補強箇所は無情に増え続けている。(共同通信・桑原雅俊)