【五輪コラム】これが事案の終了ではない ワリエワ、薬物陽性でも出場容認
大会序盤に行われたフィギュアスケート団体で、ロシア・オリンピック委員会チームの優勝に大きく貢献した新星カミラ・ワリエワのドーピング問題と、彼女が優勝候補とされる個人種目に出場できるかどうかのスポーツ仲裁裁判所の判断は、多くのファンが関心を寄せたに違いない。仲裁裁判所は、女子への出場を差し止めるには十分な根拠がないと判断した。つまり彼女は出場できることになった。
▽ロシアの闇
昨年12月のロシア選手権で採取された彼女の検体から、禁止薬物に指定されているトリメタジジンが検出されたことが明らかになったのは、今大会の団体戦のあとだった。すぐにロシア反ドーピング機関は資格停止処分を科した。しかし、なぜかその翌日には処分を解除した。
ロシア反ドーピング機関によるこの手続きは間違ったものであり、認められないと主張する世界反ドーピング機関と、国際オリンピック委員会(IOC)、国際スケート連盟の3者は提訴した。仲裁裁判所は審理で、3者の訴えを却下したというのが事の経緯だ。
薬物違反の疑いが浮かび上がったのは、団体戦のメダル授与式が突然中止になり、IOCが「法的な問題」がその理由だと明らかにしたのがきっかけだった。ロシア選手にまたドーピング違反があったのではないか、とのうわさが北京の競技会場周辺に広がる中、ロシアの有力紙が、ワリエワがドーピング陽性となったと報じた。
またもロシアかと、IOCも世界反ドーピング機関も、憤りと落胆の入り交じる空気に包まれたのではないか。
ロシアは既に10年近く、組織的なドーピング工作を理由にIOCからさまざまな制裁を受けている。五輪では国歌と国旗を使用できない。選手はロシアという国の正式な代表ではなく「ロシア・オリンピック委員会の選手」という形態で今大会に出場している。
相次ぐドーピング違反で世界から厳しい視線を浴びている中で明らかになった違反、それも15歳の未成年選手による重大な事案に、ロシアのドーピング問題の闇を感じる。
▽不可解な通知遅延
トリメタジジンは主に狭心症や心筋梗塞などの治療に使われる薬だという。ロシアでは処方箋なしに薬局で購入できるらしい。
血管を広げる作用があり、選手が使用すれば血流が増加し、持久力が向上するほか、疲労からの回復が早まる効力を期待できるようだ。世界反ドーピング機関は禁止物質に指定していて、過去には競泳の五輪王者だった中国選手による使用が摘発されている。
不可解なのは、タイミングの問題だ。ワリエワの検体が採取されたのは、昨年末のロシア選手権(サンクトペテルブルク)に出場していたときだ。モスクワには検査機関があるが、ここは現在、世界反ドーピング機関から不適格とみなされ機能していない。検体はスウェーデンのストックホルムにある検査機関に搬送された。
ロシア反ドーピング機関は今回、ストックホルムからワリエワの検体の検査結果について報告を受けたのは、五輪の団体戦終了翌日の2月8日だとしている。ただちにワリエワの資格を停止する処分を決定したという。
このことについて仲裁裁判所は、発生した遅延は重大な問題だと指摘しながら、これはワリエワの責任ではないと強調した。
検体の採取から、検査結果の通知まで40日以上もかかったことになる。通常なら10日もあれば通知されるのに、なぜこれほどまで時間がかかったのか。
▽あり得ない方向転換
しかし、通知の遅れ以上に不思議なのは、何といってもロシア反ドーピング機関が翌日には彼女の資格停止処分を解除したことだ。普通はあり得ない方向転換だ。
だからこそ、IOCと世界反ドーピング機関と国際スケート連盟の3者は、この資格停止処分の解除手続きは間違いであり、彼女の女子出場は認められないとの立場から、仲裁裁判所に訴えたのだった。
仲裁裁判所は、もしもこの訴えを認め、ワリエワの女子への出場を結果的に差し止めることになれば、要保護者である15歳の彼女にとって、取り返しのつかない損害を与えるとして、提訴を却下した。
世界反ドーピング機関は、仲裁裁判所の判断に「失望した」と声明を出した。しかし、これで事案は完全に終了したことにはならない。仲裁裁判所の判断は、ロシア反ドーピング機関がいったん資格停止にしながら、翌日にそれを解除し彼女を出場させた手続きは誤ったものだとする、IOCなどの主張を認めなかったに過ぎない。
ワリエワの検体検査の手順に不備があったと指摘したものでも、禁止薬物が検出された事実が覆ったものでもない。五輪閉幕後に、彼女のドーピング違反が確定し、団体での優勝が取り消され、彼女が女子で3位以内に入っても、成績抹消処分によってメダルが授与されない可能性は残っている。(共同通信・竹内浩)