【五輪コラム】マルチな美帆、1000メートルでついに「金」 通算7個目、最多記録をさらに更新
高木美帆のメダルコレクションに初めて個人種目の「金」が加わった。スピードスケート女子1000メートル。今大会は既に500、1500メートル、団体追い抜きで銀3個を獲得していた高木が、自身の最終種目1000メートルを1分13秒19の五輪新記録で制した。前回、平昌大会の金(団体追い抜き)銀(1500メートル)銅(1000メートル)各1個と合わせ通算7個目のメダル。日本選手の冬季五輪での最多メダルをさらに更新した。27歳の高木には4年後のミラノ・コルティナダンペッツオ五輪でのメダル上積みも期待できる。
▽驚異のスピードと持久力
完璧なレースだった。高木は200メートルを17秒60の1位タイで飛び出し、次の1周(400メートル)で26秒88の好ラップを刻んだ。ここからが真骨頂だった。よく伸びるスケートで速度をキープ。だれもが大きく落とす最終周のラップをトップの28秒71でカバー。驚異的なスピード維持力でゴールし、その瞬間に勝利を確信して両手を挙げた。
新型コロナウイルス感染により、大会前半はチームから離れていたヨハン・デビット・コーチが出場3種目目の500メートルから復帰したことも力になった。コーチ不在の1種目、3000メートルは6位、本命だった2種目目の1500メートルは2位。力は示したが、どこかに硬さがあった。復帰するなり同コーチは「肩に力が入っているぞ」と修正点を指示。その助言が早速、効果を示して500メートルでは自分もびっくりの銀メダルをつかんだ。
中距離の1500メートルと短距離の500メートルでともに銀メダルの結果は、その中間距離にあたる1000メートルでの高木に自信を与えたのだろう。決勝まで3本滑った団体追い抜きをはさんだ5種目目、計7レース目。蓄積疲労をもはね返して歓喜のフィニッシュを迎えた。
▽怪物ハイデンの女性版
五輪のスピードスケート女子で通算7個以上のメダル獲得者は前回大会までに5人。ほとんどが1500メートル以上の中長距離での複数メダルだ。高木のように短距離の500メートルを含む3種目以上でメダルを量産したのは1980年代の3大会でメダル8個のカリン・カニア(旧東ドイツ)だけ。カニアは84年サラエボ大会の500、1000、1500、3000メートルで金、銀2個ずつ。カニアにはその後、東ドイツ時代の組織的なドーピング疑惑が指摘されている。
高木のオールラウンドな活躍ぶりに「あらためて驚いた」と言うのが、日本スケート連盟の今村俊明理事だ。高木が初出場した2010年バンクーバー五輪のスピード代表監督だった今村氏は「ここ30年の女子で短距離から中長距離までこれほどの滑りを見せた選手は記憶にない。まるでハイデンを見ているようだ」と言った。80年レークプラシッド大会の男子で500メートルから1万メートルまでの全5種目制覇した“怪物”エリク・ハイデン(米国)と重ね合わせた。高木も昨季の全日本選手権では500から5000メートルまでの5冠を制している。
今村氏は短距離から中長距離までをこなすには「トップスピードを高めたうえで、スピードを維持する持久力がいる。相反する能力を両方、極める必要がある」としたうえで、高木の滑りの最大の特徴は「効率のよさ」にあると説明した。
「ゴルフでもそうでしょう。力を抜いたスイングの方がボールがよく飛ぶ。高木は力を抜いた状態でトップスピードに入り、それを持続させている。中盤の加速はだれにも負けない」
▽マルチ才能、次の五輪も狙える
今村氏は「スーパー中学生」と呼ばれた高木のバンクーバー大会当時を懐かしそうに振り返る。「ホテルでオレンジジュースを頼んだら、エーッ、こんな高いジュース飲んでいいんですか?って。五輪でも何にでも驚き、感動していた。かわいい中学生でしたね」
マルチな才能は記録にも残っている。高木は1500メートルの世界記録のほかに、1000、3000メートルの日本記録保持者。バンクーバー大会当時にマークした中学記録は500から1500メートルまでの3種目でいまだ破られていない。「1000メートルの中学記録を比べると、いまの中学生トップはゴールで高木に40メートルほどの大差をつけられている」という。
14年ソチ五輪を代表選考で落選した大きな挫折を経て、平昌、北京のアジア2大会で潜在能力を爆発的に開花させた。「次の五輪だけではない。その次も狙える。通算メダル記録はさらに更新できる可能性がある」(今村氏)。日本スケート界の至宝にまだ限界は見えない。(共同通信・荻田則夫)