【五輪コラム】分厚かった見えないカーテン 閉鎖空間内の祭典、北京冬季五輪が閉幕
北京冬季五輪が20日に閉幕。新型コロナウイルス対策として完全に外部と遮断した「バブル」内での大会だった。会場などの大会施設や選手、関係者ら全てを見えない膜で覆う感染対策だった。その膜はまるで“鉄のカーテン”のように分厚く感じた。街の様子、市民の息吹、大会がもたらす中国社会への影響など、バブル外の情報はほとんど伝わってこなかった。特殊な状況下の異様な祭典では、五輪の在り方を見直す多くの課題も見つかった。
▽感染対策と情報管理
パンデミックにより外部から隔離した大会運営は昨夏の東京五輪でも採用された。東京は無観客開催で祝祭感はなく、盛り上がりに欠けた。それでも真夏の太陽の下、東京にはどこか明るさがあったと思うのは、身びいきだろうか。外国報道陣も届け出れば外部取材が可能だった。「東京では街に買い物にも出かけられたのに。北京は不自由だよ」。そうぼやく外国メディアの声がテレビで紹介されていた。
緩さもあった東京での制約に比べて、中国の行動規制は厳格だった。選手、大会関係者、報道陣はバブルの外には一歩も出ることができず、移動も専用車両のみ。日本から大勢詰めかけた記者たちも、五輪施設外の取材はできなかった。
開幕前から中国内での人権問題などが指摘され、北京五輪を懐疑的に見る外国メディアは多かった。中国当局は感染対策に乗じて、バブルを情報管理のツールとして使ったのではないか。そんなふうにも推測できる。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、北京五輪で選手や取材記者に対する深刻な検閲や妨害があったと指摘している。
入場券の販売を取りやめたのは北京も同様だった。だが、北京では少数の招待客をスタンドに入れた。どういう基準で選ばれたどんな人たちなのか。共同通信記者の取材によると、国有企業の社員などに招待券が配られたという。入場前にはPCR検査を義務付け、市民に感染を広めないため観戦後も健康観察と複数回の検査を求めた。身元が確かで、行儀がいい観客がスタンドの一部に陣取り、中国選手には大声で声援を送った。無観客のわびしさを解消するため、招待客が会場の盛り上げ役を務めた。
「雪と氷の祭典」に、より寒々しさを感じた五輪でもあった。
▽五輪の不条理
人工雪で固めたスキー会場へは五輪用に高速鉄道が敷かれた。斬新なデザインのジャンプ台。北京市内では2008年北京夏季五輪時に建設された巨大施設群に、新設会場が加わり威容を誇った。国力を増す中国の勢いを示した。
バブル内の競技場では、4年に一度の祭典らしい熱戦があった。外界の雑音に煩わされることなく、選手は競技に集中し、メディアはスポーツ取材に専念したのだろう。五輪では大会に集うすべての人々を「五輪ファミリー」と呼んで仲間扱いする。国際交流の場でもあるが、今回ばかりは隔離された特殊なサークルにも映った。
閉鎖空間の中で、五輪が抱える不条理が露見した。一掃できないドーピング問題がまたもや混乱を巻き起こした。
「冬季五輪の華」と呼ばれるフィギュアスケート女子の15歳、カミラ・ワリエワ(ロシア・オリンピック委員会=ROC)の疑惑は五輪史に残るスキャンダルだ。ワリエワは昨年12月のロシア国内でのドーピング検査で禁止物質の陽性反応が確認されたが、検査結果報告の遅れや、16歳未満であることを理由に五輪出場を認められた。出場を容認する一方で、違反かどうかの裁定はあらためて別に審議するという、分かりにくさだ。
優勝候補筆頭のワリエワは重圧の中、フリー演技で転倒を繰り返し最終結果は4位。違反の白黒がつくまでの異例の「暫定成績」とともに灰色のヒロインは涙に暮れた。
地元開催となった14年ソチ五輪で発覚したロシアの組織的なドーピング問題は、決着がついていない。「国の代表」としてのロシア選手は拒否しながら、「ROC」所属の個人資格で五輪に迎え入れ続けてきた国際オリンピック委員会(IOC)の対応も矛盾をはらんでいる。五輪の商業価値を維持するため、スポーツ大国ロシアを締め出したくない思惑も透けて見える。
公平さ、透明性が前提である競技面でも不可解な事が続いた。スキージャンプ混合団体の女子選手にスーツの規定違反による失格が相次いだ。日本の高梨沙羅も摘発され、1回目の得点は取り消し。日本はメダルを逃した。2日前の個人戦と同じスーツを着用したのに、スーツの太もも部分は規定より2センチ大きかったそうだ。検査の仕方に疑念がある。事後摘発より事前チェックを優先すべきという批判も多い。
スノーボード・ハープパイプで採点法への疑問が選手やメディアから噴出し、スピードスケート・ショートトラックでは今回も地元びいきと非難される疑わしい判定が続出した。これらの競技・種目が、五輪スポーツとして生き残るには、誰にでも分かるようにルール整備が急務であろう。
▽メダル量産、札幌招致の追い風になるか
東京で夏季五輪史上最多メダルに沸いた日本の競技力は、冬季でも勢いが続いた。過去最多だった前回の平昌五輪(計13個=金4、銀5、銅4)を上回るメダル18個(金3、銀6、銅9)を獲得した。依然としてコロナ禍に苦しむ日本社会に、明るいニュースを届けた。
ジャンプの小林陵侑、スノーボード・ハーフパイプの平野歩夢、スピードスケートの高木美帆のエース級が期待通りに金メダルをつかみ、スキー・ノルディック複合で3大会連続メダルの渡部暁斗らベテラン勢も奮闘した。フィギュア男子シングルの羽生結弦は3連覇を逃したが、まだ誰も成功していないクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑んだ勇気が共感を集めた。
フィギュア男子で18歳の鍵山優真が銀メダルをつかむなど、各競技で若い選手の活躍もあった。スノーボード・ビッグエア女子3位の村瀬心椛は17歳。冬季五輪で日本女子の最年少メダルだった。
選手たちはコロナ禍で競技会が相次いで中止となり、練習環境にも苦労する試練を乗り越えた。勝っても、負けても大舞台で競技できた喜びを、みんなで共有してほしい。日本選手は競技後に、それぞれの言葉できちんと感謝の気持ちを示していた。ジャンプ混合団体の高梨のような、失敗した後の過度な謝罪はもうやめにしたい。
日本選手の活躍は、30年札幌五輪招致に向けての追い風になるだろうか。五輪開催の意義が厳しく問われるようになっている。世界的に五輪招致熱は低下しており、IOCは財政基盤の安定した開催都市の確保を急いでいる。札幌招致ではあらためて住民の意向調査も行われるようだ。建前ではなく、住民に支持される開催理念を定めたい。(共同通信社・荻田則夫)