【記者コラム】アポなし突撃 中国・杭州の卓球教室に潜入してみた 強さの秘密はうさぎ跳び?
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【杭州】杭州アジア大会の卓球団体は中国の男子が8連覇、女子が5連覇を果たした。どうしてこんなに強いのか。中国中央テレビで卓球を30年以上取材する記者は「代表選手だけが強いわけでない。広い裾野から厳選されていくから強いのだ」と言う。決勝の翌日、その「裾野」に触れてみたいと思い、市内の卓球教室にアポなしで突撃してみた。(共同通信・大島優迪)
ウェブで検索しても、ホームページを開設している教室は見当たらない。地図アプリに表示された「卓球倶楽部」の漢字を頼りに町の中心部へ向かう。午後2時前、着いたのは1階に飲食店が入る雑居ビル。ビルの裏の駐車場から奥に進むと、看板と入り口があったが、薄暗く怪しげだ。 エレベーターで4階に上がって扉が開くと、縦長のフロアに卓球台が8台、ずらっと並んでいた。照明が落ちて暗く、人影もない。 「きょうは定休日か」と引き返そうとしたところ、約30メートル先のカーテンの隙間から光が漏れ、打球音が聞こえた。恐る恐る近づいて中をのぞくと、子どもたちが一心不乱に球を打ち込んでいた。 不審者に気付いたコーチの一人が近づいてきた。とっさにスマートフォンの翻訳アプリに「日本から卓球を取材に来ました。少し取材させてください」と入力。中国語訳の画面を見せると「OK」と快諾してもらった。 隅に座り、観察を始めた。カーテンの中の卓球台は5台。台の縁が、おなか付近にある背丈の子どもが7人と、指導役の男性が3人。仕切りのフェンスを挟んで保護者が6人座り、スマホをいじりながらレッスンの様子を見守っている。 壁には四文字熟語が掲げられていた。この施設の標語のようだ。今大会、卓球を一緒に取材している中国出身のカメラマンに後で確認すると「どんな時も困難に向かって頑張ろう」「心を落ち着かせ、情熱を持って楽しい卓球をしよう」という意味だった。 練習は3グループに分かれてやっていた。ネットを挟んでコーチと1対1の生徒がドライブ、スマッシュ、下回転をかけて短く落とす「ストップ」をそれぞれ、フォアとバックで順にこなしていく。 コーチは時に寄り添うように話しかけ、時に厳しい口調で助言を送る。約3分おきに生徒が交代。残りの生徒は空いた台で他の子と実戦形式で対戦していた。 練習は単調に見え、少し飽きた様子の子どももいた。約1時間半続いた後、コーチと生徒が集合する。「これで解散か…」と思ったら、昭和の「スポ根漫画」でしか見たことがない光景が広がった。生徒がうさぎ跳びを始めたのだ。フロアを、ぴょんぴょんと1往復だけ、約30メートル。幸い、子どもたちは笑顔で楽しそうだった。 練習後、コーチの一人で大学生の阮賢生さんに取材した。阮さんによると、教室は1年前に友人と立ち上げ、この施設を借りて運営している。 4歳から16歳の生徒が約30人通い、この日は7~8歳の子が対象だった。人口約1200万人の杭州に、こうした屋内教室が約30、屋外も合わせて約50あるらしい。 生徒が全員、トップ選手を目指すわけではなく、習い事として始める子がほとんどだ。基本的な動作や力を入れるポイントを大事に指導する。 中国選手が競った場面でも勝負強い理由については「子どもの時からたくさんの練習をするからだ。練習すればするほど成熟するし、自信を持てる。どんな球が来てもすぐに反応して返すことができる」と教えてくれた。 中国では住宅団地ごとの大会など毎週末のように試合が行われるという。生徒の一人の少年が杭州のある浙江省の選抜チームに入ったそうで、阮さんは誇らしげだ。コーチとしての目標を聞くと「新しい世代を育てて中国の卓球界の未来に貢献したい」と目を輝かせた。 試合会場にいた日本卓球協会関係者によると、十数台もの卓球台をそろえた民間施設は日本にないという。卓球人口が1億人以上とされる中国は練習場所も充実している。 「いい取材ができた」と得意な気分で、夕方からの試合に向けて移動を始め、地下鉄に乗り込んだ際、大きなミスに気付いた。 「うさぎ跳びをしていた理由を聞いていない…」。もう後戻りはできない。帰国したら、うさぎ跳びを自らに課して反省しなければと、肩を落とした。