元関脇寺尾の錣山親方が死去 甘いマスクで激しい突っ張り、人気博した「井筒3兄弟」 60歳、持病の不整脈の影響で入退院

 2019年6月、名古屋場所の番付発表で、笑顔で写真に納まる阿炎(左)と錣山親方
 1985年秋場所、麒麟児に突っ張りを繰り出す寺尾
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 大相撲の元関脇寺尾で筋肉質の体と甘いマスクで人気を誇った錣山親方(本名福薗好文=ふくぞの・よしふみ)が死去したことが17日、日本相撲協会関係者の話で分かった。60歳だった。鹿児島県出身。最近は持病の不整脈の影響もあり、入退院を繰り返していた。

 均整の取れた肉体、甘いマスクで女性からの絶大な人気を誇り、昭和から平成の相撲界を盛り上げた元寺尾の錣山親方が他界した。

 父は元井筒親方(元関脇鶴ケ嶺)で、母の死をきっかけに入門を決意。1979年名古屋場所初土俵で、長兄の元十両鶴嶺山、次兄の元関脇逆鉾(いずれも故人)とともに「井筒3兄弟」として人気を博した。同じ昭和38年生まれの北勝海、双羽黒、小錦らと「花のサンパチ組」と呼ばれ、昭和から平成の土俵を盛り上げた。

 細身ながら、きっぷのいい突き、押しを武器に活躍し、39歳だった2002年秋場所限りで現役引退した。三役在位は13場所で、幕内在位は史上6位の93場所。通算出場は1795回で同4位、通算勝利は860勝で同10位だった。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞1回。金星は7個獲得した。

 引退後は年寄「錣山」を襲名。04年1月に井筒部屋から独立して錣山部屋を創設し、元小結豊真将の立田川親方や22年九州場所で初優勝した阿炎らを育てた。

 体調面では、15年に持病の不整脈などの体調不良で場所中に勝負審判の仕事を休んで病院に入院。18年には日本相撲協会役員改選に絡み、貴乃花親方(元横綱)と行動を共にしながら、改革を目指した動きは頓挫する。グループ解散と同時に酒量が増え、不整脈は悪化。心臓にペースメーカーを付け、勝負審判など協会内の要職から外れた。

 今年に入ると体重は70キロ前後に落ちた。19年に次兄の元関脇逆鉾(元井筒親方)、20年に長兄の元十両鶴嶺山が死去。「いつか3人でおやじ、おふくろの思い出話をしたいな」と言っていたが、あまりに早過ぎる旅立ちだった。

 ◆福薗好文(ふくぞの・よしふみ)1963年2月2日、鹿児島県加治木町(現姶良市)出身。79年名古屋場所で井筒部屋から初土俵を踏んだ。85年春場所新入幕。幕内在位は史上6位の93場所。通算出場は1795回で同4位、通算勝利は860勝で同10位。殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞1回。金星は7個獲得。02年秋場所限りで引退し、年寄「錣山」を襲名し、04年1月に井筒部屋から独立して錣山部屋を創設した。

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