陸上でパリ五輪の実質的な“最終選考会”だった日本選手権（新潟）が３０日、閉幕した。男子１００メートルでは向かい風０・２メートルの条件下、昨年世界選手権代表の坂井隆一郎（２６）＝大阪ガス＝が１０秒１３（１０秒１２９）で２連覇。伏兵・東田旺洋（２８）＝関彰商事＝が１０秒１４（１０秒１３４）で２位。昨年アジア選手権優勝のホープ・柳田大輝（２０）＝東洋大＝は同タイム着差ありで１０秒１４（１０秒１３９）の３位となり、１位と３位の差がわずか０秒０１という、歴史的な大接戦の末に決着した。

　気になるパリ五輪切符の行方についてひもといていく。同種目のパリ五輪代表は最大３枠。今大会にはパリ五輪切符を既に獲得していたサニブラウン・ハキーム（東レ）が出場しなかった。

　残り２枚の五輪切符。最優先されるのは今年の日本選手権優勝者で、かつ有効期間内（２３年７月１日から２４年６月３０日）に参加標準記録（１０秒００）を突破した者。この２つの条件を達成していれば優勝した時点で即時内定だった。

　ただ、期間内に参加標準記録を突破したのはサニブラウンのみ。日本選手権の決勝は雨の悪条件も重なり、突破者は出なかった。

　内定条件を満たす者がいなかった場合は、以下の選考条件（数字の若い順に優先）に移っていくことになる。

　①日本選手権優勝で参加資格を得た競技者

　②日本選手権２位以内で参加資格有効期間内に参加標準記録を満たした競技者

　③参加資格を得た者（１）日本選手権８位入賞までの順位、（２）パリ五輪の世界ランクの順位、（３）世界ランクのポイント

　この『③参加資格を得た者』が選考を難解にしている。世界陸連はパリ五輪の世界ランクと通常の世界ランクを設定しており、同種目の参加資格は、パリ五輪の世界ランク（７月２日に確定予定）で『ターゲットナンバー』と呼ばれる上位５６人が獲得する。パリ五輪の世界ランクは期間内に獲得したベスト５のポイント（風なども考慮した記録ポイント＋大会ポイントを１つとカウント）の平均値が採用される。各国最大３人の基準により、各国４番手以下の順位は表示されない。ただ、想定順位は分かるようになっている。

　日本選手権のポイントが加算される前の日本勢はサニブラウンが２２位、柳田が３４位、故障で今大会を欠場した多田修平（住友電工）が４３位で、これが上位３人に当たる。東田は４９位の選手と１点差であることから実質５０位（日本勢４番手）、坂井は６７位の選手と同点であることから実質６７位（日本勢７番手）だった。

　４番手以下の順位は表示されていないものの、『参加資格』は５６人の中に入った選手全てが得られる、という解釈になる。今大会はグレードが上位の大会のため、順位によって得られるポイントが大きい。坂井は優勝したことで、５６人に入る可能性を残し、５６人に入れば①で五輪切符を得られる見込みとなった。

　②が該当者なし。③は日本選手権の順位から東田、柳田の順に優先される。つまり、①で坂井が該当すれば坂井と東田が、①で坂井が得られなければ東田と柳田が五輪切符を獲得する見込みとなった。

　ここで、坂井が５６人に入る可能性を考察する。坂井は日本選手権を終えて５つのポイントの平均点を上げ、これは最終的な結果が反映される前のパリ五輪の世界ランクで５４位に相当する。このランクには他国の結果も反映されるため、各国が６月末に大会を開催していることから、ランク確定後に坂井が５６人に入るかどうかは微妙。本人もレース後に話したように「ギリギリ」だ。

　東田も平均点を上げ、これは３７位想定。これはほとんど安全圏内で、ほぼ確実に五輪切符を得られるだろう。柳田も少し得点を伸ばして３２位想定のため、５６位以内は堅そうだ。

　柳田は元々パリ五輪の世界ランク上位で『参加資格』を獲得できる見込みだったことから、決勝を２位以内でゴールすれば代表切符は確実だった。それだけに、２位とわずか０秒００５差の３位に「正直受け止めきれない。夜も眠れない毎日が続いていた。すごいプレッシャーを肌で感じていた」と大号泣した。坂井も２連覇を喜びながらも「どうなるかはわからない」と複雑な表情を浮かべていた。

　直近ではバレーボールの複雑な世界ランクが話題になったが、陸上の代表選考もかなり難解だ。ただ、陸上は屋外競技（室内もあるが）で風や気象条件の影響を大きく受けることを鑑みると複雑にせざるを得ないという事情もあるだろう。坂井、東田、柳田は出場すれば全員が初五輪。それぞれが自身を信じて、吉報を待つのみだ。