元大関貴景勝が引退 信念貫いた押し相撲「自分のスタイルでやっていくべきことこそが、自分の生きる道」【引退会見・一問一答】

 引退会見でやりきったと語る貴景勝(撮影・持木克友)
 引退会見で唇を噛みしめる貴景勝(撮影・持木克友)
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 20日に現役引退と年寄「湊川」襲名を発表した元大関の関脇貴景勝(28)=本名佐藤貴信、常盤山=が21日、両国国技館で引退会見を開いた。突き押しの信念を貫いた10年間。新弟子時代に「自分のスタイルでやっていくべきことこそが自分の生きる道だな」と感じたと10年前に抱いた思いを明かした。

 会見での主な一問一答は以下の通り。

  ◇  ◇

 -引退を決めて今はどんな思いか。

 「燃え尽きました」

 -どのような思いで引退を決意したのか。

 「小学校3年生から横綱になることだけを夢見て頑張ってきたんですけど、横綱を目指す体力と気力がなくなったので引退しました」

 -現役時代は怪我のことは一切、口にしなかった。怪我の状況はどうだったか。

 「怪我あっての自分なので、怪我も合わせた自分の実力なので。そこで力を出せなかったということはもう終わりだなと思いました」

 -28歳というまだ若い大関だったが、もう一度怪我を治してという考えはなかったか。

 「そうですね。年齢で相撲取ってたわけじゃないので。自分が目指すものに対しての体力と気力がなくなったので、そこはもう自分の引き際だなという風に感じました」

 -埼玉栄を卒業。大相撲の世界に飛び込んでおよそ10年。振り返ってどんな土俵人生だったか。

 「9歳から相撲を始めた時に横綱になることだけ、それだけを考えてきたんですけど、手をいっぱい伸ばしたんですけど、届きませんでした」

 -10年間の土俵人生に悔いはないか。

 「全くないです。もう燃え尽きたので、素晴らしい相撲人生を歩ませていただきました」

 -入門時は貴乃花部屋で、今は常盤山親方の元で稽古。2人の親方への思いは。

 「うちの師匠はもう常盤山親方で、常盤山親方に今日まで育てていただいたおかげで本日までやってこられたので。元々違う部屋でしたけども、それを引き取っていただいて、今日まで育てていただいて本当に感謝してます」

 -10年間の土俵人生の中で心に残っている取組は。

 「大関を決めた千秋楽の栃ノ心関との一番。全て印象に残ってるんですけど、特に本当にやるかやられるかの勝負だったので。前の日に自分の人生が決まるなと思って挑んだ一番でした」

 -勝って2桁の白星を挙げて大関をつかんだ。

 「自分との戦いが栃ノ心関とやる前にあったんですよ。それに打ち勝てたということは、今でも自分の心の誇りです」

 -ずっと押し相撲を貫いた信念はどこから生まれたのか。

 「アマチュアは高校相撲までやらせていただいたんですけど、神送りの儀式で新弟子の時に幕内の支度部屋に行かせていただくことがあった。その時に幕内力士の体の大きさとパワーに圧倒されて間違った世界に来てしまったと。とんでもない世界に入ってしまったなと。身長が175(センチも)もないぐらいなので。でも、もう一度入ったからには覚悟決めてやらなきゃいけないなと。そういう意味で、戦っていくには相手と同じ相撲取ったら勝てない。とにかく突き押しで、自分は自分のスタイルでやっていくべきことこそが自分の生きる道だなという風に思ったのが新弟子の時に感じたので、それが良かったなと。そうするしかないっていう風に思いました」

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