塚原千恵子さん死去 日本体操協会が追悼「卓越した指導力により日本の女子体操を世界のトップレベルに」 家族葬は故人の強い希望
日本体操協会は21日、体操女子で日本の強化に長年携わり、選手としては1968年メキシコ五輪代表でもあった塚原千恵子(つかはら・ちえこ、旧姓小田=おだ)さんが、病気のため9月1日に77歳で亡くなったことを受けて、哀悼の意を表明した。葬儀は故人の強い希望により、9月8日に家族葬で執り行われた。
藤田直志会長名で「塚原千恵子評議員のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。塚原千恵子先生は選手として輝かしい実績を残され、引退後は長年に渡り体操女子強化本部長をはじめとして日本の女子体操、そして日本体操協会の発展に大きな貢献をされました。その卓越した指導力により日本の女子体操を世界のトップレベルまで成長させていただいたご功績に感謝を申し上げます。ここに心からの追悼の意を表しますとともに安らかにご永眠されますようお祈り申し上げます」と、偲んだ。
塚原さんは長崎西高から日本体育大に進み、メキシコ五輪は団体総合4位、個人総合19位だった。72年に現役引退後は、五輪「金」5個で「月面宙返り」でも知られる夫の光男さんと結婚。ともに後進の育成に尽力し、朝日生命体操クラブで小菅麻里、鶴見虹子ら五輪にも出場した多くのトップ選手を輩出した。
長男の直也さんは2004年アテネ五輪の団体総合を制するなど、五輪に3大会出場。日本体操協会でも女子強化本部長などを歴任した。
18年に女子選手が塚原夫妻のパワハラを訴えた。日本協会第三者委員会は、違法性を帯びるなどのパワハラ行為を認められなかったと結論づけた。