八角理事長「あの親方だから横綱が2人出た」天国に旅立った師匠・北の富士さん悼む「ほめて育てるのは難しい」

 場所入りする八角理事長
 1987年9月、大相撲秋場所で優勝しタイを手に笑顔の横綱北勝海(現八角理事長)。右端は師匠の北の富士勝昭さん
 断髪式を終え、タキシードに着替えた北の富士勝昭さん=1975年2月
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 第52代横綱北の富士で、解説者としても人気を博した北の富士勝昭(きたのふじ・かつあき、本名竹沢勝昭)さんが12日午前に東京都内の病院で死去したことが21日、日本相撲協会関係者の話で分かった。82歳。葬儀・告別式は既に近親者によって執り行われ、12月18日に八角部屋でお別れの会が開かれる予定。弟子である八角理事長(元横綱北勝海)をはじめ、親方衆や力士は深い悲しみに包まれた。

 八角理事長は闘病の末に天国に旅立った師匠を「頑張ったんじゃないかな。リハビリもずっと頑張っていたと思う」と思いやった。九州入りの前、場所中に亡くなった場合の対応を本人から頼まれていたという。あえて淡々とした表情を崩さず「元気な頃から、いろいろ言われていた。『死んだら八角部屋で頼むぞ』と。自分のことをちゃんとしておきたかったのでは」と推し量った。

 12日の死去後も事実を明らかにしなかったのは、「(解説を務めた)NHKが発表してから話してほしいと。義理堅いところがある。本人の遺志だからね」と説明。知人に北の富士さんの近況を尋ねられることも多く「誰にも言っていない。苦しかったよね」と、苦慮していたことを明かした。

 2人の横綱を育てた名伯楽。八角理事長は「楽しい人だったのでは。盛り上げてくれた。怒られることもなかった。ほめて育てる。自分も言われたらやらない方。師匠は言わない努力をしていたのかな」と回想した。

 自身が部屋を持った頃、伸び悩む弟子の育成法を相談すると「ほめることだよ」と助言をもらったという。「でも、できていないね。今でもほめて育てるのは難しい。あの親方だったから、横綱が2人出たと思う」。部屋創設から30年以上たってもたどり着けない境地。改めて師匠の偉大さに舌を巻いていた。

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