KK最後の真剣勝負…盟友・桑田氏が打撃投手!清原引退へ「生涯最高の練習」
【2008年7月30日付デイリースポーツ紙面より】
左ひざのリハビリを終え、31日の練習から1軍に合流するオリックス・清原和博内野手(40)が29日、神戸・スカイマークスタジアムで、PL学園時代からの盟友・桑田真澄氏(39)と“壮行トレ”を行った。
パイレーツのユニホームを身にまとい、打撃投手を務めてくれていた桑田氏に、オリックス・1軍用のユニホームを着た清原が声をかけた。25スイングを終えたところだった。
桑田氏はマウンドから一度離れ、水分を補給して“間”を取った。そして2球のウオーミングアップ。昨年のキャンプ中に左ひざを痛め、そこから2度の手術を経てようやく、1軍で勝負できる手応えを得た。最後の仕上げとして、最高の投手に対して、最高の真剣勝負に挑んだ。
清原の「1軍に行ける日が見えてきたら、最後は絶対に桑田に投げてもらって」という思い。桑田氏も「清原君にはプロの球を投げたかった」と引退後もトレーニングを続けてきた。すべて本気のストレート勝負だ。初球はインハイをえぐるボール。2球目は真後ろにファウル。3球目空振り。カウント2―1から、清原は3球、ファウルで粘った。7球目。「キヨに対して、プロとして最高のボールを、最後に投げられた」という真ん中高めの直球に、清原のフルスイングは、空を切った。
笑顔で、ヘルメットを脱いで桑田氏に握手を求めた清原。KKコンビは38球のやりとりを楽しんだ。桑田氏は最後の1球に「日本シリーズで本塁打を打たれたボール」と1994年の対決を思い出していた。清原も「しっかり決着はついた。人生でこんなに素晴らしい対決はない。生涯最高の練習だった」と振り返った。
実戦から遠ざかっている不安も、再び故障しないかという恐怖も、2人にしか分からない、究極のレベルでの対戦で、すべて吹き飛ばすことができた。桑田への感謝を胸に、清原はグラウンドでの活躍という形での恩返しを誓った。
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左ひざのリハビリを終え、31日の練習から1軍に合流するオリックス・清原和博内野手(40)が29日、神戸・スカイマークスタジアムで、PL学園時代からの盟友・桑田真澄氏(39)と“壮行トレ”を行った。
パイレーツのユニホームを身にまとい、打撃投手を務めてくれていた桑田氏に、オリックス・1軍用のユニホームを着た清原が声をかけた。25スイングを終えたところだった。
桑田氏はマウンドから一度離れ、水分を補給して“間”を取った。そして2球のウオーミングアップ。昨年のキャンプ中に左ひざを痛め、そこから2度の手術を経てようやく、1軍で勝負できる手応えを得た。最後の仕上げとして、最高の投手に対して、最高の真剣勝負に挑んだ。
清原の「1軍に行ける日が見えてきたら、最後は絶対に桑田に投げてもらって」という思い。桑田氏も「清原君にはプロの球を投げたかった」と引退後もトレーニングを続けてきた。すべて本気のストレート勝負だ。初球はインハイをえぐるボール。2球目は真後ろにファウル。3球目空振り。カウント2―1から、清原は3球、ファウルで粘った。7球目。「キヨに対して、プロとして最高のボールを、最後に投げられた」という真ん中高めの直球に、清原のフルスイングは、空を切った。
笑顔で、ヘルメットを脱いで桑田氏に握手を求めた清原。KKコンビは38球のやりとりを楽しんだ。桑田氏は最後の1球に「日本シリーズで本塁打を打たれたボール」と1994年の対決を思い出していた。清原も「しっかり決着はついた。人生でこんなに素晴らしい対決はない。生涯最高の練習だった」と振り返った。
実戦から遠ざかっている不安も、再び故障しないかという恐怖も、2人にしか分からない、究極のレベルでの対戦で、すべて吹き飛ばすことができた。桑田への感謝を胸に、清原はグラウンドでの活躍という形での恩返しを誓った。