「焼け跡闇市派」を自称し、小説「火垂るの墓」などで直木賞を受賞、作詞家やタレントとしても活躍した作家で元参院議員の野坂昭如（のさか・あきゆき）さんが９日午後１０時３７分頃、心不全のため東京都新宿区の東京医大病院で死去した。８５歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は１９日午前１１時から東京・青山葬儀所で。喪主は妻暘子（ようこ）さん。２００３年に脳梗塞で倒れ、闘病を続けていた。２００１年夏、参院選に出馬した野坂さんを“個別取材”したデイリースポーツ・北口貢記者が当時を振り返った。

　「早くドアを閉めろ！暑いだろうがっ！」「あいさつはいいから、早く質問しろ！ああ、暑い！」。車に乗り込むなり“どう喝”の嵐を食らった。そこには選挙演説で完全にスイッチが入ったままの野坂昭如さんがいた。以前、テレビで見た大島渚さんとの“バトル”をほうふつとさせられる形相だった。

　１４年前の２００１年夏、新潟駅前。参院選に出馬した野坂さんを、２人きりで乗用車の後部座席に並んで取材することになった。

　かつて８３年衆院選で「打倒・金権政治」を掲げ田中角栄元首相に挑んで以来の因縁の地となる旧新潟３区での遊説。にこやかな陣営スタッフによれば「野坂は（東京から）新潟まで取材に来ていただいたことを大変感謝しており、時間を気にせず話を聞いてほしい」とのことで、演説後に車に案内されたのだが。

　「何の用だ！さっさと終われよ！」。話が違う…。密室で逃げ場はなく、質問するたびに、まず「暑い！」と怒鳴り声が返って来た。

　ただ、怒り口調ながらも野坂さんは親切でもあった。「二院クラブというのがだな。まあ、あんたの歳では分からんだろうけど、あのときは冬でね…」と、まだ２０代だった私にも分かりやすい説明で８３年当時を振り返り、３分で破綻すると思われた取材は結局、３０分近く続いた。

　結果は落選。そこに“悪い知らせ”が届く。落選翌日に、野坂さんが都内のホテルで個別取材に応じるという。デスクは「また、怒られて来い」とばかりに再び私を向かわせた。

　意を決して部屋に入ると、前回とは別人のように穏やかにほほ笑む野坂さんがいた。「やあ、世話になったなあ。まあ座れよ」。選挙結果を「こればかりは仕方がないよ」と笑みを浮かべ「もう立候補はしない」とすっきりした様子で語った。最後はドアの前まで私を見送ってくれ、「じゃあ、またよろしくな」と、さっと手を差し出してこられた。恐る恐る握り返した。

　正直に言えば“野坂氏、落選してブチ切れ”を狙った取材だったのだが、見事に思惑を裏切られた。その２年足らず後に療養に入られた野坂さん。あの車の中での血気盛んな、味わい深い声は、今でも耳の中でこだましている。（デイリースポーツ・北口　貢）