中村壱太郎 上方の名門を担う
四代目中村鴈治郎を父に、舞踊の吾妻流三世宗家・吾妻徳穂を母に持つ中村壱太郎。祖父は人間国宝の坂田藤十郎、祖母は元参議院議長の扇千景と華やかな家系に生まれたが、その輝かしさに負けないしなやかな舞台で、次世代を背負って立つ。女方を演じれば可憐、立役を演じればりりしい二枚目で、幅広い芸風を持つ花形として活躍している。折り目正しく、気品を感じさせる舞台が魅力。華と実力を併せ持ち、上方の名門を担う。今年も初春から大阪松竹座に出演する。
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昨年は父の襲名披露があり、その合間にも襲名以外の歌舞伎公演に出させていただいた。休まず舞台に出させていただいたことがよかったですね。祖父はいままで通りですし、父も襲名と言うことで大きなお役を一つひとつこってりと演じ、私もそれ近くで見てきました。昨年の12月は京都南座の「吉例顔見世興行」から今月は大阪松竹座の「寿初春大歌舞伎」と、2カ月連続で関西の劇場に出演させていただいています。
平成世代の歌舞伎役者は多い。でも上方縁となると、片岡千之助君と従弟の虎之介など少ないです。僕自身、東京生まれの東京育ちなので。上方の芝居は祖父はもちろん、女方のお役であれば片岡秀太郎さんや坂東竹三郎さんに教わったりします。少しでも上方の雰囲気を吸収し、自分のものにしたい。東京と違い、関西では毎月歌舞伎はかからない。だからこそのよさや、楽しみもあると思うんです。僕も大阪や京都でのお芝居を大切にしたいですね。
松竹座の昼の部の1幕目である「鳴神」は、片岡愛之助のお兄さんとの芝居です。雲の絶間姫は初役なのですが、先輩にお聞きしても「やってる役者も気持ちいいよ」とおっしゃる。新年の朝から、お客様にも楽しんでいただければと思っています。
愛之助のお兄さんとは、兵庫県豊岡市の出石にある永楽館のこけら落としからご一緒させていただき、もう8年になります。客席わずか300席くらいの小さな昔の芝居小屋で、手作りの楽しさがあります。でもこの8年間で大歌舞伎でもお兄さんとご一緒に、お芝居をさせていただくようにもなりました。感慨深いものがありますね。
夜の部の「帯屋」は、僕の6歳のときの南座での初舞台での演目。一昨年の出石の永楽館では愛之助のお兄さんとやらせていただきました。今回は祖父がいて、扇雀の叔父もいる。さらに竹三郎さん、中村寿治郎さんといった僕の上方のお芝居の先生や、愛之助さんとご一緒なので楽しみです。こんなに早く大歌舞伎で「帯屋」をやらせていただけるなんて。すごくうれしいですね。
「研辰の討たれ」は松竹座では4年前に花形歌舞伎で市川染五郎さんがなさっている。「研辰」は辰次と九市郎・才次郎兄弟の3人の息で作る芝居。染五郎さんのときは愛之助さんと中村獅童さんが絶妙に演じてらっしゃった。今回は愛之助さんの辰次で、市川中車さんと僕が兄弟。実際に稽古が始まるまでどうなるかわからなかったし、お客様の反応によっても変わってくる。日々、お芝居が変化していくと思います。
今月も祖父と一緒ですが、祖父の教え方はたとえば「悲しい気持ちで」というように心情の心をつく一言だったりします。父の場合は「感情がこもり過ぎて声がくぐもっている」など客観的ですね。先月の顔見世の「勧進帳」の義経も、祖父や父から教わりました。もちろん何度も見ているよく知った演目ですが、実際に演じると、見ていたときとは全く違いました。「勧進帳」は「勧進帳」というジャンルなんだと思います。毎日、新しい発見がありました。
僕自身、いまは女方も立役もさせていただいている。兼ねる役者ということで、少しでも祖父に近づきたい。高校の時に祖父が藤十郎を襲名しましたが、いくつになっても一生懸命で、素直に格好いいなと思います。藤十郎という人は、新しいこともどんどんやっていく。坂田藤十郎を襲名してからも、初役に挑戦しているくらいですから。僕もいまはいろんなお役をいただいて、そのたびごとに新しい何かをみつけることができて楽しい。例えば19歳のときに、実年齢と同じ「曽根崎心中」のお初をやらせていただいた。でもその時代、時代での芝居の受け取り方も、自分自身も年を経ることで芝居も変わってくる。また祖父という大きな存在もある。暗中模索しながら、毎回お役を作り上げています。
大学卒業までは学業優先でしたが、きちんと卒業してよかったなと思います。歌舞伎の世界には役者が約300人いる。その中で毎日芝居して、だからこそ長く続いている部分もある。でも大学の4年間、友人たちと外の息吹を感じて、改めて自分の中で、歌舞伎というものに向きあえたと思います。大学ではプログラミングもやったので、自分で公式HPも立ち上げました。いまは大学の後輩が管理してくれています。
歌舞伎の舞台がないときは、普通の生活です。料理を作るのが好きで、東京の自宅では自分で作ってます。あとやはりお芝居を観るのが好きで、ミュージカルから小さな劇場まで、いろんなジャンルの芝居を見ますね。芝居って生きているじゃないですか。歌舞伎では同じ演目がかかることが多い。でも生きているからこそ、お客様が何度も足を運んで下さる。僕もその部分を大切にしていきたいと思っています。
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中村壱太郎(なかむら・かずたろう) 1990年8月3日生まれ。四代目中村鴈治郎の長男。屋号は成駒屋。95年1月大阪・中座の五代目中村翫雀(=当代・鴈治郎)三代目中村扇雀襲名披露興行「嫗山姥」の一子公時で初代壱太郎を名のり初舞台。19歳で「曽根崎心中」のお初を実年齢で演じ話題になった。2014年には吾妻徳陽として七代目家元を襲名した。