大震災の教訓伝え続け 風化と闘う

 東日本大震災は11日、発生から5年を迎えた。津波の被害を受けた岩手県大船渡市で“風化”と闘う人がいる。三陸銘菓「かもめの玉子」で知られるさいとう製菓の元専務取締役で、2013年3月11日に「大船渡津波伝承館」をオープンした齊藤賢治館長(68)だ。1960年にチリ地震による津波を経験し、5年前にも被害に遭った大船渡の街で、津波の教訓を伝え続けている。

 JR大船渡線と三陸鉄道が乗り入れる盛(さかり)駅からタクシーで約5分、山あいにある同館で、齊藤館長は全国から訪れる人々に1時間ほど、自ら撮影した東日本大震災当日の津波の映像や体験談を語り続けている。伝承活動そのものは11年11月から始めたが、3・11から5年がたち、最近は首をかしげることもあるという。

 「当初お話を聞きにくる方々は、被災地を思い、涙しながら見聞きしていたものですが、最近は家々が流れる映像を見て、声を出しながら笑い声を発し見ている人をたまに見かけます。極端な例とは思いますが対岸の火事視もここまできていると落胆しています」

 5年で変化した人々の意識を肌で感じている。

 齊藤館長は子供のころ、チリ地震による津波の恐怖を味わった。九死に一生を得た記憶は消えることなく“地震が来たら津波も来る。すぐ高台へ避難”という教訓を胸に刻んでいる。夢にもよく出てきて、逃げるシミュレーションを繰り返してきた。だからこそ、3・11当日に齊藤館長はオフィスで「津波が来る。逃げなさい」と連呼した。従業員全員の命が助かった。

 この地方には「津波てんでんこ」という言葉がある。津波が来たら、それぞれで逃げろという教訓だ。ただ3・11では地震の後、家族やペットを助けようと自宅に一度戻り命を落とした人も多かったという。

 チリ地震の教訓を生かせず、多くの犠牲者を出した大船渡。「繰り返し被災しているというのは風化そのものの典型かと思います」

 齊藤館長は「風化は人間の現象としてやむを得ないこと」として、伝承のための工夫にも取り組む。市内の津波被害を、スマホを使って伝えるイベントを実施し、紙芝居を制作して子供たちにも分かりやすく伝える。

 歴史は繰り返す。またいつ来るともしれない大地震と津波。途切れることなく教訓を伝え続けることで風化と闘う。

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