京唄子さん死去 89歳、肺炎 「唄子・啓助」で夫婦漫才のお手本
故・鳳啓助さんとの夫婦漫才で親しまれ、鳳さんが亡くなった後はテレビドラマや舞台で女優として活躍した京唄子(きょう・うたこ、本名鵜島ウタ子=うじま・うたこ)さんが6日午前10時33分、肺炎のため大阪市内の病院で死去したことが7日、分かった。89歳。京都市出身。この日、大阪市内の斎場で通夜が営まれた。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は長女・節子(せつこ)さん。
上方のお笑い界や演技で存在感を放った京さんが、天国へ旅立った。
最近は、自宅で10歳年下の夫と娘が介護していたが、半年前から入院。亡くなる前日に肺炎で体調を崩し、最後は家族がみとった。かなりやせ細り、口数も減ったという。
09年4月に腰椎骨折のため舞台を降板し、車イス生活に。「もう一度舞台に立ちたい」と意気込み、10年にTBS系ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で復帰したが、腰の状態は上向かなかった。関係者によれば、数年前までは「渡る-」のプロデューサー石井ふく子氏(90)と電話で話していたが、最近は親交が深かった上沼恵美子(61)から見舞いの申し出があっても、弱った姿は見せたくないと断ったという。それでも、普段から大きな帽子をかぶっていたおしゃれは最期まで健在だった。
京さんは戦後直後に舞台女優として芸能活動を始め、56年に鳳さんと漫才コンビ「唄子・啓助」を結成。おかっぱ頭の鳳さんに「エロガッパ」と突っ込み、自身の大きな口に対して鳳さんが「大口に吸い込まれる~」と返すなど、軽妙なやり取りは夫婦漫才のお手本とされた。65年の離婚後もコンビは継続。69年から85年まで放送したフジテレビ系「唄子・啓助のおもろい夫婦」は高視聴率だった。
女優としては、93年から11年まで出演したTBS系「渡る-」は評判となった。「漫才師ではなく、本来は女優」と周囲に語り、15年には滑舌が悪くなったことから「舞台にはもう出ません」と話し、静かに表舞台を去った。