ペギー葉山さん急死 貫いた生涯現役-今年9月の65周年コンサートかなわず
「南国土佐を後にして」「ドレミの歌」などで知られる歌手のペギー葉山(ぺぎー・はやま、本名森シゲ子=もり・しげこ)さんが12日午前11時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。83歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行う。後日、お別れの会を開く。
ペギーさんはデイリースポーツで今年1月から毎月第1金曜日にコラム「人生はケ・セラセラ」を連載し、9月にはデビュー65周年の記念コンサートを予定するなど精力的に音楽活動を続け、生涯現役を貫いた。
所属レコード会社などによると、ペギーさんは9日に、近く行われる予定だった営業のリハーサルを元気にやっていたが、10日朝の起床時にのどの痛みなど風邪の症状を訴えて病院へ。肺炎の診断で大事を取って入院した。その後急激に症状が悪化。最後は息子、親族、事務所スタッフらに看取られ息を引き取った。今月30日には東京・古賀政男音楽博物館のコンサートに出演予定だった。
3月24日に元夫の俳優・故根上淳さん(2005年死去)の墓参りで茨城県取手市を訪れた際に対応した関係者は「元気そうでした」と証言。事務所関係者は「あっという間に向こうに行ってしまった。信じられない」と突然の死に動揺を隠せなかった。ペギーさんの遺体は12日夜、取手市内に安置された。
ペギーさんは青山学院高等部在学中に「渡辺弘とスターダスターズ」の専属歌手に。卒業後、1952年に「ドミノ」でデビュー。59年に「南国土佐を後にして」がミリオンセラーになった。米ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の「ドレミの歌」に日本語詞を付けて歌い、「学生時代」などのヒット曲がある。また、女性として初めて日本歌手協会会長を務めた。
テレビ番組では「ウルトラマンタロウ」でウルトラの母と緑のおばさんを演じ、「ひらけ!ポンキッキ」では73年から88年まで出演するなど子供たちにも身近な存在だった。
65年に根上さんと結婚。ペギーさんはデイリースポーツの取材に「デイリーさんに交際をスッパ抜かれるまで結婚は考えていなかったが、その報道で踏み切った」と明かし、おしどり夫婦で知られた。