「オリビアを聴きながら」はヒット曲じゃなかった 杏里インタビュー【1】
来年、デビュー40周年を迎える歌手の杏里(56)が7日、神戸市のデイリースポーツを訪れ、「CAT’S EYE」「悲しみがとまらない」「SUMMER CANDLES」といった多くの大ヒット曲を生んだキャリアや、初のスタジオライブアルバム「FUNTIME」、40周年への思いなどを語った。
第1回では、今や日本ポップス史に残るスタンダード・ナンバーとなったデビュー曲「オリビアを聴きながら」(1978年)の秘話が明かされる。
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-デビュー曲の「オリビアを聴きながら」は、大ヒット曲というイメージですが…。
「あれは16(歳)の時にアメリカにレコーディングに行きまして、17でデビューしたんですけど、チャートには入っていないんですよね。60位以内には入っていなかったような気がしますね。(『オリビア-』は)いまだに1位になったことがないんですよ。後にスタンダード・ナンバーになるんですけど。
自分自身が長年かけて、色んな場所で歌い続けてきた。それがスタンダードとしてね(残った)。皆さん、あれには1位になったヒット曲っていうイメージがあるみたいなんですけど。ヒット曲は、デビューして6年目ぐらいで『CAT’S EYE』がヒットしたので、6年間は修行の期間だったというかね。本当にまめに、日本全国を回って旅をしてプロモーションして、ライブをやりながら、音楽を伝えていったっていう」
-ヒットしなかった「オリビア-」を歌い続けた理由は。
「やはりデビュー曲ということもあったし、当時は年に2枚のペースでアルバムを出したり、シングルも年に2~3枚とか。すごくスピードが早かったというか、出す量もすごかったので。その都度プロモーションすると同時に、デビュー曲は必ず伝えていきたいっていう気持ちがあったので。歌い続けたのがヒットと申しますか…あれはもう、チャートに入っていないヒット曲というか。今は私だけではなくて、みんなの作品、曲になってますよね。あの曲だけがけっこう独り立ちした感じで。ホントにホントに時間をかけて育てていったという感じで」
-16歳であの内容の歌詞を歌われたのにも驚かされます。
「正直、最初にレコーディングで歌入れをした時になかなか、あの歌の世界を自分で消化できなかった。失恋の曲なんですけど、女性が男性を電話で振るっていう曲で、そういう経験って16ではなかなかない。あの詞を(作詞作曲した尾崎)亜美さんからいただいた時に、歌入れするまで理解して消化していくのがすごく大変だった思い出がありますね。歌入れは苦労しましたね、すごく。歌入れだけで2日間ぐらいかけて。ある程度、大人になった時に『大人になるってこういうことなんだな、大人の恋愛ってこういうものなんだな』って知ったっていう」
-「オリビアを聴きながら」がしっくり来るようになったのは何歳頃でしたか。
「少なくとも二十歳は過ぎてですね」