徹子無念「雅彦ちゃん…」最も尊敬した俳優 6月「徹子の部屋」が最後の対面に

 卓越した演技力で日本演劇界に君臨し、「マキノ雅彦」の名前で映画監督としても活躍した津川雅彦(つがわ・まさひこ=本名・加藤雅彦)さんが今月4日、心不全のため死去した。78歳。

 4月27日に妻で女優の朝丘雪路さん(享年82)を亡くしてからちょうど100日で、最愛の妻が待つ天国に旅立った。葬儀は近親者で済ませており、後日、朝丘さんと合同でのお別れの会を行う予定。黒柳徹子(84)、宮本信子(73)ら多くの共演者が、故人をしのんだ。

 津川さんは、祖父が「日本映画の父」と呼ばれた牧野省三監督、父が歌舞伎俳優から映画スターに転身した4代目澤村國太郎さん、兄が俳優・長門裕之さんという芸能一家に生まれた。本格的な映画デビューは1956年の「狂った果実」。原作者の石原慎太郎氏(85)が芸名を付けた。

 甘いマスクと独特の色気に加え、硬軟自在の演技力で幅広い役柄を演じた。とりわけ、88年に日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を獲得した「マルサの女」など、故・伊丹十三監督の作品には欠かせない存在となった。

 2006年には「マキノ雅彦」名で映画「寝ずの番」を初監督し、ヒットさせた。08年には叔父マキノ雅弘監督の代表作「次郎長三国志」をリメーク。若手俳優の演劇セミナーを開くなど、後進の指導にも尽力した。

 人望の厚かった津川さん。訃報を受け、親交が深かったタレント・黒柳徹子はこの日発表したコメントでは文頭に「雅彦ちゃん」と記した。

 76年のテレビ朝日系「徹子の部屋」の開始前、テレビドラマでの共演が最も多かったのが津川さんだった。「雅彦ちゃんほど、面倒見のいい人はいません。たくさんの若手俳優さんに、惜しみなくご飯をご馳走して、また、皆に仕事のチャンスが来るように考え、いろいろと教えてあげてました」と明かした。

 最後に会ったのは、朝丘雪路さんが4月に亡くなった後の「徹子の部屋」(6月7日放送)だったといい、「その歳、その歳でいい俳優でした。でもこれからが、一番おもしろい津川雅彦さんを見られるはずだったのに!」と無念の思いを吐露。「私の最も尊敬し、大好きだった俳優さんでした」と結んだ。

 「徹子の部屋」は9日、津川さんの追悼番組を放送する。

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