佐藤純彌監督を悼む 「コーヒー一杯」を固辞した一徹さと映画監督の矜持

 映画監督の佐藤純彌さんが9日に多臓器不全による衰弱のため都内の自宅で死去したことが17日、分かった。享年86。監督への取材から感じた人柄や仕事への姿勢は一徹でストイックなものだった。

   ◇  ◇

 その時、佐藤監督は震える声を絞り出した。「私、胃がんなんです。今病院にいますので、うかがえません」。2016年2月、前年末に亡くなった俳優・安藤昇さんのお別れの会に出席されるのかと電話で確認した際のことだ。そのストレートな“告白”にショックを受けたことを今も強く覚えている。

 佐藤監督には、「実録 私設銀座警察」(73年)など5本に出演した安藤さんが死去した際、追悼文をデイリースポーツに寄せていただいた。その縁でかけた電話が最後の会話になってしまった。

 実直な人だった。いつも取材場所は西東京市内の自宅近くにある喫茶店。約束の時間前に現れると、ひっきりなしにタバコを吸いながら、記者が納得するまで、とことん付き合ってくださった。1時間の予定が2時間を超えることもあった。

 さすがに申し訳なく思って、何度も「コーヒーもう一杯、いかがですか」と勧めたのだが、その都度「いえ、結構です」とキッパリ。経費をかけないように気をつかってくださったのか-。今となっては分からないが、コーヒー1杯を断るのにも信念を感じさせた。

 そして「僕は酒が飲めないので、そういう所には行かないのですが…」と前置きしながら、新宿の酒場などで繰り広げられた脚本家や俳優ら映画人たちの武勇伝も教えてくださった。映画の現場以外にもアンテナを張っている人だなと感じた。話し終えると一礼され、喫茶店を猛スピードで出て行かれた。

 「人間の証明」の撮影時、刑事役の松田優作さんと“衝突”した話から、佐藤監督の映画観がうかがわれた。

 「ラストのクライマックスで、優作は『母親ってなんなんだ』というセリフを自分で考えてきて、それを言わせてほしいと言うんです。私は『それはセリフにしないで表現した方がいい。口に出して言ってしまうのは屋上に屋根をかぶせるようなものだ』と言ったのですが、彼は引き下がらない。その熱意に負け、2パターンを撮った。結局、セリフを言う演技の方がよかったんですが、セリフはカットして、その直後の表情だけを使った。優作がうらめしそうに『あのセリフは残しておいてほしかったですね』と言われました」

 松田さんを相手にしても妥協しなかった。「映画はセリフで説明するものではない」という監督としての矜持があった。与えられた仕事をそつなくこなす“職人”のイメージがあるが、芯の部分には、コーヒーを断られる度に感じさせられた一徹さが通底していた。

 その一方で、今も松田さんとのやり取りを気にしていた。「あの時の優作はいい顔をしていましたね。いまだに思います。私の判断でよかったのか、彼のセリフを入れた方がよかったのかと…」。揺れる心に、温和で紳士的な人柄もにじんだ。(デイリースポーツ・北村泰介)

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