加藤登紀子 なかにし礼さん追悼 歌唱後に涙ぬぐう
歌手の加藤登紀子(76)が26日、都内で「ほろ酔いコンサート2020」の東京公演をスタートさせ、23日に死去した作詞家で直木賞作家のなかにし礼さん(享年82)を追悼した。
加藤は日替わりの弾き語りコーナーで、代表曲「知床旅情」を歌い終わると、なかにしさんとの思い出をとつとつと語り出した。加藤は旧満州のハルビンで生まれた。同曲を作詞・作曲した故森繁久彌さんも「私たちの家族と同じ時期に引き揚げてきたんです。昭和21年の10月16日ごろでした」と振り返っていると、「どうして、こうなるんだろう」となかにしさんに心が飛んだ。
加藤はシャンソンコンクールへの出場がデビューのきっかけ。当時のなかにしさんはシャンソンの訳詞をたくさん作っており、加藤も「てっきりシャンソンを歌っていうもんだと思っていたら、流行歌でと。悪戦苦闘していろんな曲を出すことになり、デビュー曲は礼さんの詞(66年、誰も誰も知らない)によるもんなんですよ」とデビュー当時のなかにしさんとの関係を明かした。
加藤はその後、「ひとり寝の子守唄」(69年)、「知床旅情」(71年)をヒットさせ、歌手としての地位を築いていくが、「それ(デビュー時代)からずっと長い月日がたって、礼さんから、石原裕次郎さんの詞を二つ書いた。おときが曲を付けてくれと。裕次郎さんとは会ったこともないのでビックリしたけど、すぐ裕次郎さんの声で曲ができた」
これが裕次郎さんの87年に発売したシングル「わが人生に悔いなし」で、なかにしさんに自分を指名した理由を聞くと「お前さんも僕もみんな見てきたからな。一緒の風景を。だから、お前さんは安心なんだ」と話したという。加藤は「礼さんも、(ハルビンから)引き揚げてきた人なんです」と説明し、同曲を歌唱。終わった直後に目頭をぬぐった。
さらに、加藤は敬愛するエデット・ピアフに故美空ひばりさんをだぶらせ「日本にもいたんです。最後の最後まで歌と死闘、絞り出すほどエネルギーを使ったんです。美空さんになかにしさんが贈った『終りなき旅』(88年)を歌います」と声を絞り出した。
加藤の77回目の誕生日にあたる27日にも2公演が行われ、コンサートの模様は午後4時半から生配信される。