石原プロの58年に“完”裕次郎さん仏前に商号返還…舘「おもちゃ箱のようだった」

 石原裕次郎さん、渡哲也さんの遺影に解散を報告=東京・調布市の石原プロモーション
 石原裕次郎さんの仏前で、返還された石原プロの商号を手に解散を報告したまき子夫人=東京都世田谷区
 事務所内には石原裕次郎さんと渡哲也さんの遺影、石原プロモーションの商号が飾られた
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 昭和の大スター・石原裕次郎さんが1963年に設立した石原プロモーションが16日、芸能マネジメントを終了し、58年の歴史に幕を閉じた。この日、東京・調布市内の事務所で、所属の舘ひろし(70)、徳重聡(42)らが、裕次郎さんと昨年8月に死去した渡哲也さんの遺影に手を合わせ、解散を報告。石原プロの商号を示す看板が、石原邸のまき子夫人(88)に返還された。

 58年前の1月16日に起業した石原プロが、その長きにわたる歩みに、厳かに終止符を打った。

 神田正輝(70)はレギュラー番組「朝だ!生です旅サラダ」(テレビ朝日系、前8・00)に生出演したため欠席となったが、舘、徳重、池田努(42)、増本尚(21)が事務所に集結。設けられた祭壇には裕次郎さんと渡さんの遺影、「石原プロモーション」と記された商号が飾られ、所属俳優、スタッフ一同が、それぞれの思いを胸に手を合わせた。

 都内の渡さんの自宅には、コロナ禍のため、浅野謙治郎専務が代表して訪れ、解散を報告。石原邸のまき子夫人のもとを訪ね、裕次郎さんの仏前に商号を返還し、閉幕の儀式を執り行った。

 舘は「裕次郎さんや渡さんの写真を見ると、思い出が走馬燈のようにわき上がってくる。石原プロはおもちゃ箱のようだった。裕次郎さんの大らかさや楽しさを追求する気持ちが残されていたんだと思う」と述懐。00年にオーディション「21世紀の石原裕次郎を探せ!」でグランプリを受賞し石原プロ入りした徳重は「『西部警察』で事故がありましたが、そこから立ち直っていく石原プロの人達のすごさや、震災が起きたらすぐに動いて結束する力。ピンチを乗り越えるそのすごさを、改めて思い出しました」と軍団の一員であったことに誇りをにじませた。

 男たちは今後、それぞれの道に進む。舘、神田は独立。徳重は17日付けでホリ・エージェンシーに移籍することが決まっている。「裕次郎さんのその温かさみたいなものとか、渡さんの俳優としてのたたずまいとか、そんなDNAみたいなものが自分の中に残っているのを感じる。石原プロは閉まりますが、渡さんも夢だった映画づくりの灯をともし続けられる体制は作っていきたいなと思っています」と舘。場所は変わっても、育んだ魂は継承していく。

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