錦鯉・渡辺 実家の父が「家、ついて行って~」に登場 父子2人暮らし公開
27日放送のテレビ東京系「家、ついて行ってイイですか?」に、昨年12月に開催されたM-1グランプリ決勝で4位に入りブレークしたお笑いコンビ「錦鯉」の渡辺隆の実家が登場した。
番組スタッフが東京東部の銭湯で声を掛け、自宅訪問を了承した70歳の男性(番組では実名)が「せがれと(住んでる)。42(歳)か。女房はね、(平成)12年に亡くなった」と自己紹介。妻は交通事故で亡くなったといい、息子の職業については、最初は「言わない方がいいのかな」と謎めかした。
自宅は「10年前に建て替えしました」という4LDKの一軒家で、「私で5代目」と、代々この地に住んでいると説明。収録は昨年12月8日で、カレンダーの12月20日に「M-1決勝」という書き込みがあることにスタッフが気付くと、「せがれがM-1決勝に出るんですよ。息子の仕事はね、漫才師。錦鯉。ツッコミ」と、息子が渡辺であることを打ち明けた。
渡辺は「小学校から野球をやっていた。チームでレギュラーになっていた」と、野球少年だったという。
M-1決勝の前から露出が増えてきていた錦鯉だが、父親は「あとは事件を起こさないことだよね。年取ってるからその状況は分かってると思うけどね。長いから。20年もやってるわけだから」と心配。
「アルバイトもいろんなのやってたみたいよ。20年以上アルバイトしてるからね。今のアルバイトは市場で(冷凍庫の品物の)出し入れですよね。朝早い。6時頃に出る」と、息子の苦労を明かし、「でも今年はね、決勝に出るからね。大したもんだと」と成功を喜んだ。父から見た渡辺は「我慢強い。真面目」という性格で、漫才をやめると言ったことはないという。
妻が亡くなったのは渡辺が芸人になって2年目頃だったという。芸人になる時、母は「お母さん大泣き。勘弁してくれって。芸能界はダメだって。大変だって分かるからね」と反対していたといい、「その思いもあるんじゃないかな、せがれにしてみれば。活躍するところを見せたかったんじゃないですか。芸人になってね、すぐに亡くなっちゃいましたから」と、渡辺の胸中を推察した。
番組では今年に入って追加撮影。渡辺も登場し、M-1決勝を「面白かった。他の人間よりもね。親のアレ(欲目)でね」と振り返る父に、「親のアレって言っちゃダメでしょ」とツッコんだ。
渡辺は「ここまで来たら、オヤジとずっと住もうかな」、「オヤジが死ぬまで、仲良く暮らせればいいなとは思っています。支えてもらって、感謝しかないです」と父への愛情を隠さず。
父も「こういう会話できることはね、金じゃ代えられない」と喜び、「2回目行ってくれよ」と、今年のM-1に期待していた。