ジャニーズ激震!マッチ電撃退所 不倫報道で無期限自粛中…自らケジメ
ジャニーズ事務所は30日、歌手・近藤真彦(56)が同日をもって同事務所を退所することを発表した。近藤は昨年11月に25歳年下の一般女性との不倫が一部で報じられ無期限の活動自粛期間中だったが、ケジメをつける形で事務所を去ることを決断。1977年から44年間、事務所に所属し、“長男”として君臨してきた近藤の電撃退所。ジャニーズに激震が走った。
ジャニーズ事務所は「近藤より、これからの人生、自分の責任において芸能とレースの道を歩んでいきたいとの申し出がございましたので、弊社としましては、その意向を尊重し、自身で決めた道へと送り出すことといたしました」と報告した。近年、中居正広(48)、山下智久(36)、長瀬智也(42)らの退所が相次いだが、事務所の最年長である“長男”まで新たな道に進むことを決意した。
関係者によるとマッチは4月中旬頃に事務所に意思を伝えたという。昨年11月に年下女性との不倫が報じられ、無期限謹慎処分を受けた。自らを見つめ直す時間が増えたことも決意を固める一因になったとみられる。一昨年に、育ての親でもあったジャニー喜多川前社長が死去。藤島メリー泰子会長(94)も昨秋に名誉会長となり第一線を退いた。経営陣の代替わりに加え、後輩タレントも次々に若手が頭角を現している。そんな時代の流れも痛感していたようだ。
77年にジャニーズ事務所に入所し、田原俊彦(60)、野村義男(56)とともに「たのきんトリオ」として一世を風靡(ふうび)。歌手として「スニーカーぶる~す」「ギンギラギンにさりげなく」などのヒット曲を連発し芸能史に名を刻むトップスターに駆け上がった。後輩たちも「マッチさん」と敬うなどジャニーズファミリーのシンボル的存在だった。
近藤は事務所を通じ「金八先生から始まり、新人賞、レコード大賞、紅白歌合戦、映画と数々の貴重なお仕事をさせて頂き感謝しかございません。これからもジャニーズの名を汚さぬよう仕事を続けさせていただきます」とコメントを発表。最後に「ありがとうジャニーズ ありがとう素敵な後輩達 ありがとうジャニーさん」と感謝の言葉を連ねた。
表舞台に復帰することなく、あまりにもあっけない形で44年間所属した事務所を去るマッチ。今後は、自身が監督を務めるレーシングチーム「KONDO RACING」を運営する個人事務所「エムケイカンパニー」に所属し、芸能とレースの活動を継続する。
ただし、活動自粛処分が明けての退所ではないこともあり活動開始時期は未定。エムケイ社は本紙の取材に「明日(1日)から当面、窓口としてサポートしていくということ以外、何も決まっていることはありません。近々のレースも見送る方針です」と話した。
◆近藤真彦(こんどう・まさひこ)1964年7月19日生まれ。神奈川県出身。愛称はマッチ。77年にジャニーズ事務所入所。79年にTBS系「3年B組金八先生」の生徒役でデビュー。共に生徒役だった田原俊彦、野村義男と「たのきんトリオ」として人気に。ソロ歌手として「スニーカーぶる~す」でデビュー。87年に「愚か者」で日本レコード大賞受賞。84年からはレーサーとしても活動。レーシングチーム「KONDO RACING」の代表兼監督。