【悼む】宝田明さん 貫いた「不戦不争」ソ連兵に撃ち込まれたダムダム弾が原点
映画「ゴジラ」シリーズの第1弾に主演するなど、銀幕やミュージカルで活躍した俳優の宝田明(たからだ・あきら)さんが14日午前0時31分、都内の病院で肺炎のため亡くなったことが18日、分かった。
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宝田さんは11歳の時、旧満州に侵攻したソ連軍兵士に銃撃された。「ダムダム弾という国際法で使用が禁止されている鉛の弾。今も天候によって傷口が痛みます」。人生の原点は戦争の傷にあった。
20年7月、ドキュメンタリー映画「沖縄戦」でナレーターを務めた宝田さんを都内で取材した。民間人が犠牲になった沖縄戦を自身の戦争体験に重ねた。
自宅に侵入したソ連兵に自動小銃を突き当てられ、口の中で歯の音だけが「ガタガタ」と鳴っていた記憶。被弾時の手術では麻酔がなく、裁ちばさみで脇腹を切り裂いて銃弾を取り出したこと。ロシア人兵士に乱暴される日本人女性の姿を目撃し、真っ先に満州から逃げ帰った日本の将校や役人ら「昨日まで威張っていた人たち」に失望したこと…。
戦場に見捨てられた庶民の側から「不戦不争」を掲げ、「自分が体験した戦争の愚かさを若い人たちに伝えたい」と反戦を訴えた。
その思いは代表作に挙げられる「ゴジラ」にも託されていた。
「ゴジラは南海の底で静かに眠っていたところ、洋上の水爆実験で目を覚ました。単なる怪獣ではなく、悲しい運命を背負った『聖獣』ではないか。試写を観て私は泣いた。人間のエゴで起こされ、海の藻くずとなるゴジラがかわいそうだと」
自身にとってゴジラとは何だったのか。
「私のクラスメート、同級生です。彼には『世界で紛争が起きている場所に行って、平和を求める一助となってくれないか』と伝えたい。ゴジラが70周年の古希を迎える2024年に私は90歳の卒寿。同級生のゴジラと平和の大切さを伝えたい」。あと2年だった。
そして今、ロシア軍のウクライナ侵攻で、77年前の宝田少年のように銃弾にさらされる子どもたちがいることについて聞いてみたかったが、それもかなわない。ご冥福をお祈りします。(デイリースポーツ編集委員・北村泰介)