【渡邉寧久の演芸沼へようこそ】地元の寺で子どもたちに怪談を-柳家かゑる真夏の大冒険
落語家の柳家かゑる。現在、「32歳、真夏の大冒険(C)倉田大成CXアナ」の真っただ中だ。
日本中の子どもたちに怪談噺を、地元の寺で聞かせたい。
昨年9月、旧知のお笑いコンビ・ダイノジの大谷ノブ彦(50)と食事をした際にそう打ち明けたところ、「いいじゃん、やりなよ」。資金については「クラファンを使えば」。かゑるの腹はそれで決まった。
7月25日に、埼玉・川口でスタートした全国ツアー「怪談噺の会」。本州34都府県の34か寺(ツアー中、1か寺の公演が中止に)を、一筆書きのようにめぐるプランだ。
仏像イラストレーターの田中ひろみさん、テレビのコメンテーターも務める元文部官僚・寺脇研さんに紹介してもらった寺以外は、自力で探した。
「お寺さんに直電をして、必死に説明しました。一発でOKをいただけると、本当に気持ちがいいんです」
移動は150CCのバイク。移動日には1日6時間走ることもあるという。ビジネスホテルに泊まり、「3~4日に一度、洗濯をします」という一人旅。
今月7日、群馬・安中市の松岸寺に、かゑるを訪ねた。顔も腕も日焼けし、「2、3キロ太りました。“大盛り禁止令”を出しているんですけど」。体力勝負の旅を、食欲が支えている。
夕方5時前、寺の大広間に、地域の子どもたちが保護者と一緒にやって来る。約40人。前方に座った子どもたちをダジャレや小噺、落語の説明で和ませてから滑稽噺「寿限無」に入る。中入り後、場内を薄暗くして怪談噺「幽霊の辻」、子どもたちの笑い声や怖がる声、後方に座る大人たちは笑顔で見守る。
終演後かゑるは、ケロリンの黄色い桶を持ち、入り口で見送る。「楽しかった」「怖かった」「また来てね」。感想を伝える子どもたちが、投げ銭を入れて帰る。「投げ銭なら誰でも来ることができる」という木戸開放と、エンタメを楽しんだら対価を支払うことを子どもたちに体験してほしい、という狙いもある。
酒はめっぽう強く、落語界屈指のザル。だがツアー中の酒を断った。「めちゃくちゃうまいと思いますよ」。そう夢想するのは、9月1日、東京・北区の最終公演後に味わうビールののど越しだ。
かゑるの“真夏の大冒険”は続く。(演芸評論家)
◆渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう)新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクなどを経て独立。文化庁芸術祭・芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。