「鎌倉殿」のえ殺意の般若形相 暗殺決意か 義時後妻は流罪、毒殺の根拠とは
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は次回18日に最終回「報いの時」が放送される。承久の乱を経て、伊豆の弱小豪族の次男坊から武家の頂点にたった北条義時(小栗旬)の物語が結末する。
対朝廷で北条一族が一致団結するが、最終回に向けての懸案で、義時の最後にどう関わるか注目されるのが継室のえ(菊地凛子)。
義時との関係が次第に険悪となり、第47回では、兄で京都守護の伊賀光季が後鳥羽上皇(尾上松也)の挙兵によって犠牲となり、義時に「兄は見殺しにされたのですか!」「許せませぬ」と激怒。殺意を感じさせた。
その後、義時は鎌倉を守るために自身の命を差し出すと決意を語り、息子泰時(坂口健太郎)に後を託し、弟時房(瀬戸康史)と次男朝時(西本たける)に泰時を支えてほしいと頼んだ。
これを、のえが立ち聞き。涙を流すとともに、恐ろしい般若のような表情もみせた。
ネット上は菊地凛子の本領発揮と沸いた。解釈は分かれ、のえが義時の決心を聞いて怒りのぶつけどころがなくなって混乱しているとの見方、一方で北条後継に据えたい息子政村(新原泰佑)が外されたと感じて怒りが増幅したとの解釈も。
物語のラストがどこに置かれるかで、描かれ方は変わるとみられるが、のえが義時の最後にどう関与するのか注目される。
義時没時は、泰時と時房は当時在京。鎌倉では後継を巡ってさまざまな噂が飛び交って不穏な空気に包まれ、戦乱が起こるとの臆測が流れたとも伝わる。
政子と、義時後妻の伊賀の方一族による主導権争いがあった、あるいは政子の陰謀がはたらいたとの指摘もあり、謀反を企てたとして伊賀の方が流罪となったことが伝わる。
一方、義時の死因は急激な体調悪化による病死が定説とされるが、近侍に討たれたとの説や、伊賀の方による毒殺説もある。毒殺説の根拠は、伊賀の方の娘婿の兄で、承久の乱で朝廷側についた僧侶が、捕らわれた際に、義時の妻が義時にのませた薬で自分を殺せとの旨の言葉を吐いたとの記録が残ることが挙げられる。
【最終回「報いの時」】
反目する北条義時(小栗旬)を討ち取るため、義時追討の宣旨を出し、兵を挙げた後鳥羽上皇(尾上松也)。これに対し、政子(小池栄子)の言葉で奮起し、徹底抗戦を選んだ幕府は、大江広元(栗原英雄)や三善康信(小林隆)の忠言を聞き入れて速やかに京へ派兵することを決断。泰時(坂口健太郎)、平盛綱(きづき)らが先発隊として向かい、時房(瀬戸康史)らが続く。そんな中、三浦義村(山本耕史)は弟・胤義(岸田タツヤ)と……。