女優で元参院議長の扇千景（おおぎ・ちかげ＝本名・林寛子）さんが９日午前７時５６分、食道胃接合部がんのために東京都内の大学病院で亡くなった。神戸市出身。８９歳。夫は２０年１１月に８８歳で亡くなった、歌舞伎俳優の人間国宝、坂田藤十郎（さかた・とうじゅうろう＝本名・林宏太郎）さん。密葬は近親者で行われ、本葬は２７日に東京・増上寺光摂殿で営まれる。喪主は長男で歌舞伎俳優の中村鴈治郎（なかむら・がんじろう、本名林智太郎＝はやし・ともたろう）。

　様々な分野で花を咲かせた扇さんが、最愛の夫が待つ天国へと旅立った。１カ月ほど前に内視鏡検査で食道と胃の接合部に腫瘍が見つかった。入院して闘病していたが、９日の朝に、長男の中村鴈治郎夫妻、次男の中村扇雀夫妻の４人にみとられ、眠るように亡くなったという。

　密葬では１０年に行われた桐花大綬章の授与式で着用した白のロングドレス姿となり、議員バッジを胸に付けた状態で近親者に見送られた。ひつぎには多くの家族写真が入れられた。扇雀は「元々女優だったのもあるんでしょうけど、本当に亡くなっているのかなっていうぐらい、穏やかにほほ笑んでいるようだった」と振り返った。

　宝塚歌劇団では娘役として活躍。女優としても情報番組「３時のあなた」の司会で人気を博した。１９７７年に政界に進出。０１年に初代国土交通相を始め、２００４年には女性初の参院議長に就任。０７年の引退まで３０年の政治家人生で要職を歴任してきた。

　一方で、公私ともに“かぶき者”として生きた藤十郎さんを力強く支え続けた一面も。派手な女性関係の藤十郎さんとの婚約発表会見（１９５８年）では「歌舞伎の女形にしては随分いたずらな人だなあと、はじめは思ったんですが、交際しているうちに男性的で親切な人だと感じるようになった」とチクリ。銀行マンの家庭で厳格に育てられながらも、結婚当初から抜群の器量と度胸を見せた。

　亡き夫を「電気一つつけるのもおぼつかないような、芝居以外のことは何もできない人」と苦笑いしながらも「芸のために生まれ、役者として最後まで芸に生きた人」と語るなど、梨園の妻をつとめあげた。２００２年に藤十郎さんが舞妓（まいこ）と密会し、バスローブをはだけた姿を一部週刊誌で激写された際の扇さんの貫禄ある対応ぶりも話題となった。

　２１年１０月に行われた藤十郎さんをしのぶ会が最後の公の場。「主人には『あまり早く迎えに来ないでね。することがいっぱいあるからね』と言ってるんですけど、どうなりますか…」と話していた。

　夫を亡くしてから２年４カ月。早かったのか、なすべきことを十分に全うしたのか。それは扇さんしか分からない。

　◇扇千景（おおぎ・ちかげ、本名・林寛子＝はやし・ひろこ）。１９３３年５月１０日生まれ。神戸市出身。１９５４年から５７年に宝塚歌劇団で娘役として活躍。情報番組「３時のあなた」の司会でも親しまれた。７７年に参院全国区で自民党から立候補し、初当選。０１年に初代国土交通相を務め、０４年に女性初の参院議長となった。夫は２０年に死去した歌舞伎俳優の人間国宝・坂田藤十郎氏。０３年旭日大綬章、１０年桐花大綬章。