【The LDH Times】PSYCHIC FEVER・中西椋雅 がむしゃらな創造者
PSYCHIC FEVER・中西椋雅(25)の“創造熱”が止まらない。グループでラップ&MCを担当する一方で、振付や構成までもこなし、音楽制作にも携わる根っからのクリエーター気質だ。昨年7月にメジャーデビューし、タイでの半年間に及ぶ武者修行を経て、今年6月に初単独ツアーを行ったばかりだが、デビューまでの下積み歴は15年。じっくりと芽を育て、才能を開花させたオールラウンダーに話を聞いた。
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-昨年7月のデビューから1年。
「振り返ってみると、すごくあっという間だったなというのが強い。ただ突き進んだ準備段階の1年でした。デビューというのは一つの大きな夢だったので、それをかなえて、そこから自分たちの活動を通していろんな国や場所に行って、皆さんに会えたことはうれしかったし、自信につながった。もっとたくさんの方に自分たちの音楽を届けて行けるように頑張りたいと思いますし、グローバルで活躍できるグループになるという新しい夢も見つけた。今後ライブツアーをするなら、海外公演をしっかり日程に入れたい。まずは東南アジアから世界へ活動の幅を広げていきたい」
-デビュー後に半年間タイで武者修行。学んだことや、メンバー間で理解が深まったことは。
「ライブごとにメンバーで反省して、試行錯誤をする。この繰り返しが大事だと思いました。毎回変えることによって、自分たちを更新して、オリジナルのスタイルを築いていけると思う。そこは妥協せずに続けていきたい。タイ生活を通して、一人一人の立ち位置や役割ができて、物事がスムーズに進むようになりました。僕は年齢的に年上の方になるので、引っ張っていかないといけない。共同生活をしていたのですが、洗濯をためるメンバーもいて、僕はそういうのが気になるので、自分が洗濯する時に『一緒に洗濯しちゃうよ』と言ってみたり。グループではお母さん的な感じです(笑)」
-6月に初単独ツアーを完走。手応えは。
「僕たちにとって、感慨深いものがたくさんありました。先輩方のライブのサポートダンサーでオープニングアクトをさせていただいている身だったけど、自分たちだけの公演。自分たちを見に来てくださっていると思うと、正直ウルッときた。デビュー前からオリジナル曲を持っていたので、2時間のライブで20曲やらせてもらいました。まだまだだけど、また見に来たいと思わせるライブを作れたと思う。次のツアーに向けて、また違った世界観を見せるという目標もできた。常に新しい見せ方をしていきたいし、この曲はこの見せ方という固定概念をなくしたい。新しい発想をしていきたい」
-07年にEXPG大阪校に入所してから、夢見た初単独までには長い下積みがあった。
「下積み時代が長かったからこそ、初単独の喜びは人一倍強かった。初日が大阪公演でしたが、両親も見に来てくれて。夢をかなえた瞬間を親に見てもらえたことがすごくうれしかった。一番見たかった景色もそこにあって、改めて『あぁ…諦めなくて良かった』と思いました。僕は試験的なモノにほとんど落ちているタイプの人間でした。どん底を経験したからこそ、伝えられるのは『そんな僕でも夢をかなえられる』というメッセージなのかな。がむしゃらに夢に向かって創造を続けることが勇気につながったら、アーティストとしての喜びなのかなと思います」
-積極的に取り組む音楽活動を始めたきっかけと今後の目標は。
「祖母がイラストレーター的な仕事をしていて、僕が小学生の頃から祖母の家に行ったらパソコンが触れられる環境でした。音楽編集もする人で、そこで教えてもらっていた。僕が好きなEXILEさんの曲をわざとテレビ尺にしたり、曲をつなげたりして、中学生くらいから自然と音楽制作ができていたんですよね。自分たちで少しずつ歌詞を書いたり、曲を作ったりさせていただいているので、いつかは自分たちで完全オリジナルのアルバムを作りたい。個人としては普段MCを担当しているので、いつかテレビでコメンテーターに挑戦したいです」
◆中西椋雅(なかにし・りょうが)1998年6月8日生まれ、兵庫県出身。PSYCHIC FEVERのラップ&MC担当。07年、EXPG大阪校に入校。EXILEや三代目J SOUL BROTHERSのサポートダンサーを務めてきた。19年7月、PSYCHIC-結成。22年7月デビュー。趣味は楽曲制作&DJ。特技はサッカー&中国語。最近ハマっていることは「サウナと紅茶。寝る前に紅茶をいれて、ティータイムをしています。寝付きが良くなる」