「宙乗り」などの演出で革命児と呼ばれ、現代劇と古典歌舞伎を融合させた「スーパー歌舞伎」を創造した歌舞伎俳優の二代目市川猿翁（いちかわ・えんおう、本名喜熨斗政彦＝きのし・まさひこ）さんが１３日午前６時５５分、都内で不整脈のため亡くなっていたことが１５日、分かった。８３歳。同日深夜に松竹が発表した。葬儀・告別式は親族葬で行う。長男の九代目市川中車（香川照之＝５７）、孫の五代目市川團子（１９）がこの日、コメントを発表した。

　猿翁さんは１９３９年、三代目市川段四郎の長男として東京に生まれた。４７年、東京劇場「二人三番叟」の附千歳で三代目市川團子を名乗り初舞台。６３年、三代目猿之助を襲名した。

　６８年に「義経千本桜　川連法眼館」で狐忠信の宙乗りに挑戦。邪道とされたケレンの演出を次々に復活させ「猿之助歌舞伎」として観客から高い支持を受けた。宙乗り５０００回を越える偉業はギネス世界記録にも認定された。

　「猿之助歌舞伎」は保守的な歌舞伎俳優や劇評家から酷評されたが、自身のスタイルを通し続け、次第に宙乗りは歌舞伎の演出として認められていく。８６年には、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を初上演。「オグリ」、「新・三国志」シリーズなど多くの作品を送り出した。

　私生活では６５年に女優の浜木綿子と結婚。長男の中車をもうけたが、６８年に離婚。原因は日本舞踊家で女優の藤間紫さんとの不倫だった。藤間さんが離婚し、２０００年に正式に結婚したが、藤間さんは０９年に肝不全で死去している。

　０３年１１月、自身の演出・出演による「西太后」（博多座）の公演中に体調不良を訴え、降板。脳梗塞と公表された。以降は舞台に立つ機会は減り、スーパー歌舞伎などの演出面で活動を続けていた。

　１１年９月、おいの二代目市川亀治郎の猿之助襲名会見に、中車、孫の政明（現團子）とともに８年ぶりに公の場に姿を見せた。１２年に二代目猿翁を襲名した。最後の舞台は１３年１２月、南座での襲名披露口上だった。

　００年に紫綬褒章、１０年に文化功労者。今年５月、弟の市川段四郎さん夫妻と息子の市川猿之助被告が一家心中を図り、夫妻が死去する悲劇に見舞われた。

　◆九代目市川中車（香川照之）「９月１３日、父、二代目市川猿翁が天命を全う致しました。長く険しく、それでも『夢』に邁進した歌舞伎俳優人生でした。一生涯をかけて、新たな道を切り開き、如何なる時も、天翔ける心を持って、成し遂げた俳優だったと思います。多くの人々に愛され、自らの歌舞伎道を全う出来たことは、本当に幸せなことだったと思います。皆様、これまで父を愛してくださいましたこと、誠にありがとうございました。心より厚く御礼申し上げます」

　◆五代目市川團子「私にとって祖父は偉大なる存在で、目指すべき目標でした。

まだまだ教えてほしいことがたくさんありましたが、とても残念でなりません。この先は、祖父が大切にしていた『天翔ける心』『夢見る力』を忘れずに、精進して参りたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」