大橋純子さん逝去 73歳 食道がん「シルエット・ロマンス」ヒット 18年がん公表 今年3月末に再発
圧倒的な歌唱力で知られ、「たそがれマイ・ラブ」「シルエット・ロマンス」などのヒット曲を持つ歌手の大橋純子(おおはし・じゅんこ、本名佐藤純子=さとう・じゅんこ)さんが9日午後4時14分、食道がんの再発のため都内の病院で死去したことが11日、分かった。73歳。北海道出身。通夜は15日午後6時から、告別式は16日午後1時から東京・増上寺光摂殿で行われる。喪主は夫佐藤健(さとう・けん)氏。18年に食道がんで療養し、19年に復帰したが、今年3月末に再発が発覚。闘病していた。
大橋さんは18年3月15日の記者会見で「運が悪かったとは捉えてません。生きざまが試されてる。これを乗り越えて早めに復帰して、ステージに立てることを願ってます」と前向きに語っていた。
19年3月6日の復帰会見では、乳腺がんで左乳房を全摘出し、再建手術を行ったことも公表。再発を公表した際には「また是非皆さまの前で歌えるよう暫くお休みを頂戴致します」と述べた。所属事務所によれば、体力をつけながら復帰を目指し、治療とリハビリに励んでいたが、容態が急変したという。
小学時代からポップスに興味を持ち、短大在学中からバンドで活動。ラジオDJも務めた。卒業後に上京。デビュー前から歌唱力は際立っており、オーディションテープを聴いた森山良子が「この人本当に日本人!?」と驚いたほどだった。
当時からの仲間である作曲家の林哲司氏は16年にデイリースポーツの連載で「驚いたのは歌唱力。声質、表現力に圧倒されました。もうアマチュアの領域ではないのです。プロをもしのぐ、艶やかな高音の伸びは輝かしい将来を予感させました」と、逸材ぶりを証言している。
74年にデビュー。バンド「美乃家セントラル・ステイション」を率いて活動し、ギターの土屋正巳(一風堂)やベースの六川正彦ら、後に日本のロック、ポップスを支える才能を輩出した。
77年に「シンプル・ラブ」がヒットし、その後も「たそがれマイ・ラブ」(78年)や「愛は時を越えて」(92年)などがヒット。82年には「シルエット・ロマンス」(81年)で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞するなど実力派歌手の地位を揺るぎないものとした。近年は世界的なシティポップブームで、70年代の楽曲の再評価も進んでいた。
今年10月、83年に「夏女ソニア」をデュエットしてヒットさせたもんたよしのりさんが死去。大橋さんは追悼コメントを発表したが、それからひと月もたたずに、後を追うように旅立っていった。
◆大橋純子(おおはし・じゅんこ)1950年4月26日生まれ、北海道夕張市出身。藤短大卒業後に上京。74年6月、シングル「鍵はかえして」でデビュー。77年、「シンプル・ラブ」でマジョルカ世界音楽祭3位。78年、「たそがれマイ・ラブ」で日本レコード大賞金賞。79年、「ビューティフル・ミー」で東京音楽祭世界大会最優秀歌唱賞、ソウル音楽祭グランプリ。82年、「シルエット・ロマンス」でレコ大最優秀歌唱賞。夫は作曲家の佐藤健氏。