【山本浩之のぴかッと金曜日】天才!メッセンジャー黒田との出会い
『無駄ムダ調査隊』って、覚えているだろうか?関西地方を中心に2000年から放送された『プライスバラエティ ナンボDEなんぼ』(関西テレビ)の名物コーナーである。
メッセンジャー黒田との付き合いは、この番組から始まった。「無駄遣いばかりしている」という女性宅をムダレッド(メッセンジャー黒田)とムダブルー(ヤマヒロ)の二人が訪問。毎週、ペコペコハンマーとハゲハゲビームで無駄遣いの実態を暴き、それが人気を博した。今の時代では到底考えられない突き抜けたバラエティー番組だった。
実際、黒田がこの番組にかける思いは当初からハンパなく、毎回レベルの高い掛け合いを求められた。笑いとはどういうものか、正直、素人の私にとっては試行錯誤の連続だったのである。「ニュースキャスターのやる仕事か」「頭をポコポコたたかれてプライドがないのか」と揶揄(やゆ)する声もあったが、私は全く意に介さなかった。なぜなら、黒田は素人の私を相手に、真剣にオモロいものを作ろうとしてくれた。私もできうる限り期待に応えたかった。
毎週、高視聴率を誇り黒田の人気は不動のものに。おかげで私まで街中でよく声をかけられるようになった。やがてプライベートの付き合いが増え、酒が入るとぶつかることもしばしば。若くして関西お笑い界の顔にまでなりつつあり、当時の彼は多少天狗(てんぐ)になっていたのかもしれない。「酒が命取りにならなければいいが…」と心配していたことが現実のものに。09年12月。自身が引き起こしたつまらない問題が原因で『ナンボDEなんぼ』はフェードアウトしてしまう。とても残念だった。
一時は引退までささやかれた彼が芸能界に復帰し、その後も目覚ましい活躍をしているのはご承知の通り。しかし彼は、ただ才能だけではい上がってきたわけではない。幼い頃の貧乏体験をバネにしたわけでもない。謹慎期間中や、復帰して思うように仕事がなかった時期もあり余る時間を自己啓発に費やした。疑問に思うことは直接足を運んでその目で確かめた。元々、ヒトとモノへの観察眼には舌を巻くことがあったが、好奇心を持ちさまざまな経験をすることが一回りも二回りも彼を大きくした。
連続テレビ小説『ブギウギ』で受けた高い評価は、彼が人として成長した証しであり、つまずきをプラスに転化させた底力によってもたらされたものと言える。だが、まだまだこんなモンじゃない。54歳。先日、第1子が誕生した。黒田が父親になった。今後の彼が楽しみでしかない。黒田よ、もう殴るなよ!=敬称略=(元関西テレビアナウンサー)
◆山本浩之(やまもと・ひろゆき)1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。