終戦日にSNSで映画「野火」を考える
「終戦の日」となる8月15日。戦争を語る数々のテレビ番組、イベント等が世に発信される中、太平洋戦争末期のフィリピンで死線をさまよう兵士たちの極限状況を描いた映画「野火」が全国で順次公開されている。主演、脚本、撮影、編集などをこなした塚本晋也監督(55)の思いが貫かれた自主製作&配給作品だ。都市部の上映館をのぞくと、若い世代の姿が目に付く。
確かに塚本作品は、その“とんがった”作風から80年代後半のデビュー以来、ファン層は若かったが、今までとは別の熱気のようなものを感じた。関心が草の根的に拡散している背景には、SNSというツールの存在も大きいようだ。
Facebookやtwitterなどで寄せられたメッセージで最も多い声は「『戦争はいやだ』とつくづく思った」というストレートな感想だった。同時期に同じくSNSという手段で、自民党の若手議員(団塊ジュニア世代)が“反戦”を「利己的」と批判し、個人より国家を優先する“国家主義志向”を露呈したことで物議を醸したが、その騒動と上映が時を同じくしたことによって、まさに“今”、この映画が公開される意義が浮かび上がってきた。
作家の高橋源一郎氏は、Twitterで「『野火』は大岡昇平が書いた、あらゆる戦争文学の極点だが、戦後生まれでまだ五十代の塚本監督が、そこまで生々しく『戦争』を描き尽くしたことに驚く他はなかった。いま『戦争』を描かねばならないという切迫した思いがそこにはあった」と記している。
塚本監督はその“切迫した思い”を語ってくれた。10年前から、戦争体験者への聞き取り調査を続けてきた彼が直面したのは“人間の寿命”だった。
「終戦当時に20歳だったとしても、今年で90歳。これから、さらに体験者の声が聞けなくなるわけで、どうすればいいんだろうというのが、『野火』を作った理由の一つです。当初は自主映画ではなく大規模なバジェット(予算)で作りたかったんですが、今、日本が向かっている方向と、この映画は真逆にある。『企画そのものがきついよ』ってことで、自主映画に。楽ではなかったですけど」
本作がデビューとなる平成生まれの新人俳優・森優作は「自分は戦争を知らない世代から生まれてきた世代」と定義し、知らないからこそ知りたいという姿勢を示す。「この映画では実際に戦場に放り込まれてしまったらどうなるのかってことを念頭に置いて現場に立たせてもらいました。ボランティアのスタッフら、僕と同じ若い世代が戦争について考え、試行錯誤しながら作った映画です。SNSなどで広げていただけたら…」と願う。
9月で84歳になる山田洋次監督も今作を見た上で「実に素晴らしい作品で、感動しています。『野火』という小説は、太平洋戦争を正確に描いていると、昔から思っていましたが、大岡さんも満足されることと思います」とコメントした。作風は全く違えど、一貫して庶民の側から作品を作ってきた山田監督の心を捉えたようだ。
中韓や米国、国内の保守層らに目配せした“八方美人”的な安倍首相の戦後70年談話から一夜明けた8・15。塚本監督は「(戦争体験を)しゃべる人がいなくなっても映画は残りますから。これから毎年の終戦記念日にやれればいいかな」と語っている。毎年、お盆の頃には全国のあちこちで草の根的に「野火」が上映され、そこで起こる賛否両論から戦争について考える契機につながればと思う。
(デイリースポーツ・北村泰介)