人気イケメン俳優が裏方業に進出した訳は?キャスティング激減への不安感からだった
イーサン・ホーク(52)は、俳優の仕事が来なくなるのを恐れて脚本の執筆と映画の監督を始めたという。2001年に『チェルシーホテル』で監督デビューを果たした後、『ビフォア・サンセット』(04年)と続編『ビフォア・ミッドナイト』(13年)の脚本でアカデミー賞に2度ノミネートされたイーサンは、俳優で役をもらうのが難しくなったときに備えてハリウッドの舞台裏の仕事も受け入れてきたという。
スイスのチューリッヒ映画祭に出席した際にイーサンは、「パレードが街を去っていくのを恐れて、脚本を書いたり映画監督をしたいという気持ちを持ち続けていた。俳優業は、大変な生き方で、機会が巡ってきてこそ成り立つんだ。それを持って行かれてしまうのを恐れていたよ」と語った。
また映画『いまを生きる』(1989年)で生徒役を演じてブレイクしたことを振り返り、こう話した。「多くの子供たちは演技をしたがるよね。スポーツ選手や消防士、俳優になりたがる。注目されるのが楽しいんだ。僕もそれが好きだったし、その後、僕の人生に『いまを生きる』という予想外の嵐が吹き荒れたんだ」
さらに、教師役を演じた故ロビン・ウィリアムズのについても触れ「ロビンが近くにいたことは奇跡だった。あの映画の成功は、僕に芸術の力を教えてくれた。はっきりと話せば、人は耳を傾けてくれるんだってね」と続けた。
そんなイーサンは、米作家フラナリー・オコナーを描いた伝記映画『ワイルドキャット』で娘マヤ・ホークとコラボしている。自身が共同脚本と監督を務め、娘のマヤがローラ・リニーと共演する同作について、イーサンは「自分の娘を監督するのはとても簡単なことだったよ」と語っている。