裕次郎さんが僕を楽にしてくれた言葉とは
芸能界でデビューして、多くの方が私を応援してくださり、人気のある立場まで引き上げていただきました。でも、そんな私にも、応援していた憧れの人がいたのです。
それは石原裕次郎さんです。
デビュー前、中学3年生の時かな。当時、はやっていた裕次郎さんと同じ髪型「裕次郎刈り」にしていました。家から歩いて15分のところに「中野日活」という映画館があって、毎週、裕次郎さんの新作が封切られるので、ずっと通っていました。裕次郎さんの映画はすべて見ました。裕次郎さん人気で映画館も満員ですごかった。
そんな裕次郎さんとは、デビューまもなくに雑誌の企画で対談することができました。日活撮影所で、撮影の合間に着流し姿の裕次郎さんにあいさつに行くと、「君が橋君か」と迎えていただきました。そしてグラビアの撮影をして、サインをいただきました。
1961年に裕次郎さんがスキー場での撮影で足(右足首)を骨折した時には、当時、丸の内にあった日活ホテルで療養していた時があり、お見舞いに行きました。訪れた人がみんな裕次郎さんのギブスにサインしていたので、僕も書かせていただきましたね。
そんな裕次郎さんが、常々おっしゃっていた言葉があります。
「俳優は男子一生の仕事にあらず」
「カッコイイな」と思うと同時に、「あの裕次郎さんも俳優を一生やらないんだ。ならば僕も歌手を一生やらなくていいんだ」と思ったりしました。
当時は、寝る間もないほど忙しくて。僕もまだ若いし、遊びたい気持ちもあった。辞めたいと思ったことが何度もあった。でも、裕次郎さんのあの言葉に「辞めたい時に辞めればいいんだ」と思い、気持ちが楽になったものです。裕次郎さんのこの言葉は、自分の心の中のスローガンでもあったのです。