杉山清貴&オメガトライブ(2)
80年代の初期から中期はリゾートブームで、トロピカルな雰囲気がすごく受けていた時代でしたね。ハワイをはじめとするアイランドとか、ウエストコーストとか、日本では沖縄や湘南辺りで開放的なリゾートライフを楽しむことに若者は憧れていました。ちょっと頑張って非日常のゴージャスを手に入れるみたいな。ある種、バブルの一端です。車の中で聴く音楽にもこだわって、彼女を乗せたらこの曲をかけよう、なんてカセットの選曲をしたりしてね。
杉山清貴&オメガトライブは、そんな時代にスッとはまったんじゃないかと思います。オメガトライブは一つのプロジェクトで、プロデューサーの藤田浩一さんのイメージをみんなが共有していました。私自身も自分のやりたいものを作っているという意識がありましたね。作ったものにある種のナルシシズムみたいなものがありましたから…。自分のやっているものと、リスナーが欲しているものとがジャストミートした時代だったのかなって感じています。
藤田さんは革新的な発想を持っていました。クリエイターにはものを作るエゴがあるんですが、私たち以上のものを持っていて、私たちに委ねるところがすごくありました。
例えば杉山清貴&オメガトライブという名前。ポップスなのに、ちょっと間違えるとロマン歌謡のグループ名です。当時は「えっ?」と思いましたが、その「ちょっとダサさ」が大事なんです。流行は2歩3歩先に行ってっしまうんじゃなく、半歩なんだなと。その大衆性を藤田さんは感覚的に持っていたんじゃないかな。それがマジだったのか計算だったのかは、今では尋ねることもできないけれど。
杉山さんは当時のミュージックビデオを見て「恥ずかしい」ってメチャクチャ嫌がっていましたね。ハワイの海辺、絵に描いたようにクラシックなリムジンから降りるスーツ姿の杉山清貴。全くバブリーぶりを象徴したような稚拙な映像ですが、趣向は違えど、手を伸ばせば届く夢をみんなが抱いていた時代でした。いたく現実的で夢を描きにくくなった現代の若者からすれば、あの時代は絵空事に映るかもしれません。