将棋連盟新会長が語る 谷川浩司九段

 起源は古代インドの「チャトランガ」というボードゲーム。それが各国に広がってヨーロッパでチェスとなり、日本では将棋となった。この文化の発展、そして最高峰の戦いを提供するのが公益社団法人日本将棋連盟。昨年12月、米長邦雄会長の死去に伴い、谷川浩司九段(50)が新会長に就任した。真理の追究と同時進行で行われる普及活動と社会貢献。そしてその先に見据えるものは‐。新会長は語った。

  ◇  ◇

 ‐会長就任から1カ月が過ぎましたが、心境の変化はありますか。

 「1年半前に役員(専務理事)になった時に、米長先生から『いずれはバトンを渡す』と言われました。まさかこういう形でとは予期してなかったですね。ずっと元気になられると思ってましたので。今もまだ戸惑いはありますね」

 ‐理事になって以降に感じられた将棋界の可能性はどういったところにありますか。

 「例えば将棋大会の参加者数ですね。小学生を中心とした子どもさんが増えてきた。これはすぐに結果が出るものではなく、10年以上続けて少しずつ結果が出たもの。いろんなことを始めてもすぐに結果は出ない。5年、10年たって形になるものだと思います」

 ‐今も芽吹いている時期にあるということでしょうか。

 「そうですね。小学生大会でいえば毎年入れ替わりがあるわけですから。今後も人数を減らさないことが大切ですね」

 ‐ネットの普及、娯楽の多様化という背景の中で、将棋界の抱える課題はどういった点になるでしょうか。

 「将棋を指すファンだけでなく見るファンですね。あと学ぶファン。これは小学生が中心です。あとイベントに参加するファン。いろんな形が出てきましたので、そういう意味でファンの方がどういうことを望んでおられるかということを考えて行かなければならないと思っています」

 ‐昔は将棋ファン=愛好者というイメージでした。

 「昔は縁台将棋など、入り方が限られている部分があった。指すファンが圧倒的に多かった。例えばスポーツでいえば、ファンの方が必ずしもそのスポーツをやるというわけではなく、それでもその競技を楽しみたいという方もおられます。同じことが将棋にも言えます」

 ‐会長としてこれはやってみたいとかいうものはありますか。

 「まだそこまでは。ただ、棋士にはそれぞれの個性を生かした持ち場が必要だと思います。例えば解説が非常にうまいとか、文才に長(た)けているとか、詰め将棋の名手であるとか。またイベントの企画能力とか。棋士が将棋が強いだけでいいというのではなく、それにプラスアルファが必要だと思います。40歳ぐらいになったら自分の言葉を持って、自分の言葉で自分の考えを語れるようにならなければいけないと思います」

 ‐今後のプロ棋士は、本業以外でも大変なことが多くなりますね。

 「プロになれるということは好きなことをずっと続けられるということで、幸せなことですから。それも当然受け入れなければならないと思います」

 ‐棋士と会長職の両立にはかなりの負担が掛かっていると思いますが。

 「今はネット中継もありますので、公務の合間や移動中にも棋譜を見ることができます。ただそれは情報の後追いみたいな感じで、新たな構想を描いたり先を行くような研究をする時間がない…というのが現状です」

 ‐今後も両立を目指されるのでしょうか。

 「気持ちの切り替えをしなければならないのは役員になった時から思ってたことなんですけど、現実問題となるとなかなか難しいですね」

 ‐谷川将棋をもっと見たいというファンの声もあります。

 「そうですね。現役と会長と両方やっていることで応援して下さるファンの方もいらっしゃると思いますので」

 ‐関西在住では初の会長ですが、今後も関西に拠点を置きながらの生活になるのでしょうか。

 「そうですね。家族のこともありますので、平日は東京で週末は関西ということになると思います。やっぱりこちらに戻るとホッとするところがありますから」

 ◆谷川会長は1995年の阪神・淡路大震災で実家が全壊。自宅にも大きな被害を受けながら、神戸市に義援金を送ったことで知られる。

 ‐連盟は東日本大震災の被災地支援に力を入れていますね。

 「神戸の時もそうでしたが、東北の復興にも長い時間が掛かると思います。震災で親を亡くした子どもたちもいる。そういう子どもたちがしっかり教育を受けて、自分の生活基盤ができる。そこまでのサポートが大切だと思います」

 ‐棋士の被災地訪問も行われています。

 「佐藤さん(佐藤康光王将・棋士会会長)が中心となって、棋士を引き連れて被災地を回ってます。私も震災の8カ月後に被災地に入ったんですが、まったく変わってなかった。家の土台だけが残っていたり、遠目にはビルが建っているように見えても中身がなかったり。私自身も神戸で被災しましたので、その苦労が少しは分かる。復興への協力は私に課せられた役割、使命だと思ってます。同じ目に遭った人間であれば発信するメッセージも届きやすいと思いますので」

 ‐今のプロ将棋は定跡研究が大きなウエートを占めるといわれます。

 「昔は盤の前に座ってからが勝負だったんですけど、今はそれまでの準備がかなり大きなウエートを占めるようになってきましたね」

 ‐前例をなぞる将棋が増えたことでファンが閉そく感を抱いているという側面もあるようです。

 「プロ棋士も前例をなぞるというのは好きでやってることではないんですね。前例から離れて自分の将棋を指してみたいと思っている。でもそのためには研究による裏付けが必要になる。そういう気持ちを持って臨んでるんですけど、現時点ではなかなか変化するだけのものがないのでやむを得ずというところだと思います」

 ‐それを打破する革命的な戦法や、それを生み出す人材はこれからも出てくるでしょうか。

 「そうですね。今後も出てくると思いますし、最近廃れていた戦法に新しい工夫が加えられて再び指されるようになることもあると思います」

 ‐谷川会長は阪神ファンとして知られますが、今季の阪神をどのように見ていますか。

 「やはり西岡選手が入ったのが大きいと思いますね。ロッテの時代から素晴らしい選手だと思って見てましたので。まだ年齢的にも若いですし」

 ‐ルーキーの藤浪が注目を集めています。谷川会長もデビュー時は中学生棋士として注目を集めました。

 「1年目からは過度な期待は…。ただ、チャンスはたくさんあるようでも、しっかりつかまないと逃してしまうと次がなかなか巡ってこない。それは将棋の世界でもいえることですね。有望だと期待されていても20代でタイトルを獲れないとその後が厳しくなる。30歳を過ぎてタイトルを獲れる人は少ないですから。来たチャンスをしっかりつかむということが、その後の人生を大きく変えてしまうことがありますからね」

 ‐将棋界には関西に有望な若手が多くいます。

 「この1、2年でしょうね。何かをつかまないとという感じがします。羽生世代(※注)が疲れてきてからタイトルを獲ってもしょうがないですからね。強い間に獲らないと。羽生世代が40代前半の間にタイトル戦で勝つという感じでないといけないと思いますね」

 (※注)羽生世代 羽生善治、森内俊之、佐藤康光、郷田真隆ら20年以上にわたって将棋界の第一線で活躍する1970年とその前後の年に生まれた強豪勢。現在将棋界の七大タイトルのうちの6冠をこの世代が保持している。

 谷川浩司(たにがわ・こうじ)1962年4月6日生まれ。50歳。神戸市出身。1973年に5級で奨励会入会。76年12月に14歳で四段昇段を果たし、史上2人目(当時)の中学生棋士となる。82年にA級八段に昇段。翌83年の第41期名人戦で加藤一二三名人を破り、史上最年少の21歳で名人位を獲得。97年には通算5期目となる名人位を獲得し、永世名人(十七世)資格者となる。2012年12月に日本将棋連盟会長に就任。七大タイトル獲得通算27期。終盤の圧倒的なスピード感覚は「光速の寄せ」と称され、後の世代にも大きな影響を与えた。

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