「あまちゃん」音楽手がけた 大友良英
国民的な人気ドラマとして社会現象を巻き起こしたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」が9月28日で終了した。その音楽を手掛け、まさに“国民的作曲家”として注目を浴びた音楽家・大友良英(54)が、ドラマを彩った音楽のルーツや舞台となった東北への思いなどを激白。流行語にもなっている『あまちゃんロス症候群』(あまロス)に対し、新たな現実に立ち向かう強い意志を示した。
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‐「あまちゃん」を振り返って思うことは。
「祭りが終わると寂しい。『あまちゃん』は半年間のお祭りでした。短期間だったから“あまロス”になるのだと思う。僕自身もそうです。『あまちゃん』から離れがたくて…。これまでいろいろな仕事をしてきましたが、あまりこういうことはなかった。でも祭りは続かない方がいい。期限はあっていいの。その後で現実に向かっていかなければいけない。(現実の)被災地の方は本当に厳しいわけですから。半年夢を見て、それできっと現実の見方も変わってくると思っています」
‐大友さんが作曲されたテーマ曲には被災地を応援する思いが込められていたのでしょうか。
「よく『東北地方を応援するために作った曲ですね!』と言われるのですが、ぶっちゃけ“誰かを応援するため”というよりも、“ドラマをどう見せていくか”しか考えていなかった。ドラマが面白くなれば、結果的に東北の人たちが元気になるキッカケにはなるかと。結果として、そうなったのはうれしいです」
‐夏の甲子園でもおなじみになった国民的なテーマ曲のイメージは。
「ウニ食ってうまい!(笑)。おいしいものを食べると顔がほころぶ。そういう曲になればいいなと。『ウニ食ってうまい』と感じた時、どういう成分で何が入っていてそれで元気になるとか、考えないじゃないですか。“ただうまい”のです。音楽もそうだと思う。(主役の)アキちゃん(能年玲奈)が出てきたら、跳ねたくなり、踊りたくなる。この曲に子供たちが反応したのは、そのあたりなのでしょう」
‐どこか“懐かしさ”も感じさせられます。
「僕が子供のころに見ていたテレビはキラキラしていた。『シャボン玉ホリデー』を見ていて、ザ・ピーナッツやハナ肇さん(クレージーキャッツ)は本当にキラキラ見えた。そこで流れる曲も本当にキラキラしていた。今でも僕は『シャボン玉‐』のラストの曲で、ザ・ピーナッツが歌う『スターダスト』を聴くと泣いちゃう。ああいうキラキラ感がドラマの中にあっていい。このところ日本のテレビが忘れている何か…。今、家族がお茶の間で世代を超えて楽しめるドラマやバラエティー番組がないでしょう。この曲で、そうなったらいいなと。そんなに簡単にいくとは思ってなかったですけど、子供からおばあちゃんまで受けいれていただいている。挿入歌『潮騒のメモリー』もいろんな世代が歌っているという話を聞いて、一番うれしかった。世代を超えてお茶の間がキラキラしていると聞いて、何より俺が一番元気になったかもしれません」
‐オープニングテーマ曲はドラマの舞台、岩手県久慈市に行って作曲されたとか。どんなところに刺激されましたか。
「久慈だけでなく、地方都市はどこもシャッター商店街ですが、夜になると久慈は“スナック文化”がすごいんです。(脚本担当の)宮藤(官九郎)さんがスナックで仕入れた情報を元にしていることも多いんですよ。ドラマに登場するようなキャラクターがいる。面白い!暗くない!関西の明るいノリとはちょっと違う。なんか独特な感じでした。スナックのお姉さんたちは、みんな昼間働いている。子供がいたりするけど旦那さんはいない。元の夫もお金を送ってこない。スナックと昼間の仕事でやっと子供を育てている。大変じゃないですか。だけどスナックで大騒ぎしている。それが僕にとっては、すごく“ブルース”に思えた。生活はすごくきついけど陽気にしていたり、ブラックミュージック(黒人音楽)だね。そんなイメージがあった」
‐音楽的な要素は。
「あの地域にはスカ(ジャマイカ発祥の2、4拍目を強調した裏打ちビートの音楽)もなければ、ブルースもないけど、『これを当てちゃえっ!』て。でも本物風にやるのでなく、日本風に“なまって”という感じで作った。オープニングテーマの『スッチャ、スッチャ♪』というスカのビートに日本のちんどんのビートを混ぜた独特のもの。演出家からは『ちょっとダサイ感じの、いけてない感じの、泣けるくらいキレイな音楽』と言われて。みそ汁より『まめぶ汁』っぽい感じかな。甘いのか、しょっぱいのか、分からないけど」
「でも、やっぱり一番は海でしたね。アキちゃんの家のある設定になっている場所。とてもキレイだった。すげぇ!と思った。一方で、この海が(津波となって)荒れたことも記憶としてある。それとブルースぽい感じ。(曲調を)明るくしていますけど、明るいだけじゃなかったんです」
‐久慈では時報としてこの曲が使われた。
「現地で聴きました。人生でそういうことが起こったことなかったので、かなり照れくさいような感じでしたね」
‐夏の甲子園では多くの出場校が応援曲に使用した。これまでの活動ではなかった現象です。
「驚きました。応援に合うね!甲子園で応援するための曲を作ってそれが流れるのなら何ともも思わないですが、勝手に意味が変わって、ああいう風になっていくのは。すごくうれしいです。ドラマとは全然関係のない甲子園で得点を入れるために流れる曲になるのですから、最高ですね」
‐ドラマに登場した「じぇじぇじぇ」など東北弁も印象的でしたね。
「これまでのドラマで東北弁の主人公はダサイか格好悪いイメージなのに、あのアキちゃんですからね。これまで日本の物語では、なまりのある人が地方から東京に出て標準語になって成長する。“標準語になることが成長”というフシがあるのに、東京出身のアキちゃんは東北弁になることで自分のアイデンティティーを勝ち取っていった。ドラマの中で、アキちゃんは『地元に帰ろう』という曲を聴きながら北三陸に帰っているけど、地元じゃないだろ!地元は世田谷だろ!と、誰も突っ込まない。たった1年住んだだけで“地元”と言える自由さ。だから、このドラマは“地元賛歌”ではなく、“自分の好きな場所を地元と言っていいんだよ”という宣言です。画期的なことです。日本の『中央』と『地方』という構造を逆転させたというか、震災後、初めてちゃんと取り組んだドラマが『あまちゃん』だと思う。いろいろな問題を丁寧に画期的に、お笑いで解きほぐす、誠実なドラマでした」
‐ご自身は横浜生まれですが小学校から高校まで福島で育ちました。
「実は出身を福島と言えなかった。福島弁もしゃべれない。横浜も9歳まで。ハマ言葉もしゃべれない。俺は福島を馬鹿にしていたんだと思う。こんな田舎者と一緒でたまるかと。高校を出て東京に出てきた。でも震災後、心配になって、福島で動いた。福島で生まれたわけじゃないけど、“交通整理”したいなと思って。そんなところに『あまちゃん』の話がきて“ああこれだ!”と。このドラマに携わり、僕自身のトラウマもすっと消えた。福島弁をしゃべれなくても、“俺は福島が地元”と言える。自分で決めていいのです」
‐価値観を変えた画期的なドラマでしたね。
「だから『地元に帰ろう』は単純な故郷賛歌でない。歌詞だけみるとふざけているけど“駅、コンビニ、駐車場”という、あの1行のすごさ。あれで、日本中の地元をほぼ表している。宮藤官九郎おそるべし!あんな、チャラチャラしているのに、ただのチャラチャラじゃないぞ!ただのクネ男じゃないぞ!負けました!脱帽です(笑)」
◆東日本大震災が発生した11年、大友は福島出身のミュージシャン・遠藤ミチロウ(伝説のパンクロックバンド「スターリン」の元ボーカル)、地元在住の詩人・和合亮一らと「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げ、音楽などさまざまな表現を通した交流イベント「フェスティバルFUKUSHIMA!」を毎年開催。今年8月には『あまちゃん』のテーマ曲で『盆踊り』の輪が広がり、世界的な音楽家・坂本龍一がピアニカ演奏で参加するなど大きな話題になった。
‐音楽を通じて“絆”を実現しています。
「震災後、“1つになろう”とよく言われますが、『被災地に入って現実を見ていないで、きれいごと言うのではない!』と本当に思った。被災地で絆を作ろうと思っても、どんどん(人が)割れていく。『1つになろう』と言うから意見が割れる。それを目の前で見た。(被災地から離れて)無責任なこと言うな!と思った。だから同じ意見じゃなくても、みんなが一緒にいれる場所を作る方がいい、文化の役目はそういうものかと思い、“祭”をやろうと」
◆大友は阪神・淡路大震災の特集ドラマ「その街の子供」(NHKで10年1月17日放送、劇場版は11年1月に全国公開)の音楽も担当。神戸から東北への思いは線としてつながっていた。
「地震から15年後、当時の子供たちはどうしているかを描いたドラマ。その打ち上げが東日本大震災の年の2月末。神戸でみんなでワイワイやって、その10日後くらいに震災が来て。他人事でなかった。今回の“朝ドラ”も、神戸の震災の15年後と向き合うことから始まった。僕にとって兵庫県も地元だと思えるくらい大切な場所。そこが(東北と)つながっている。『あまちゃん』は最初、関西の視聴率は低かった。それが、遠い岩手の話から、東京編になり、震災になっていくと同じになった。一地方の話でなくなり、いろんな意味が広がりを持ってきたのかもしれないですね」
‐「あまちゃん」では、9月28日で半年間のお祭りが終わりますが、新たに見えたものは。
「脚本家の宮藤さん、演出家、小泉今日子さんらと枠を超えて一緒に曲を作った。『潮騒のメモリー』も、みんなでああでもない、こうでもないと一緒に作ったけど、これはものすごく基本的なこと。今は分業でシステマティックになっていて、コンピューターでそつなく作っているものが多いが、みんなで一から作っていくことが大事だと思った。その意味でも、あまちゃんはみんなで作ったお祭り。音楽、美術、役者さんもバラバラじゃなくて、お互いの御輿を担いだ感じがあって本当に面白かった。これが仕事の現場だ!と見てしまった天野アキちゃん(能年玲奈)はこれから大変だと思う(笑)」
‐収穫は大きい。
「半年のドラマなら150曲で十分なのに、300曲も作る過剰な熱量。そして、まさか薬師丸ひろ子さんや小泉今日子さんと仕事するなんてね。80年代当時、同じ音楽でもアングラの世界にいましたから。歌謡曲なんか関係ないと思っていた。あと、このドラマの“くだらない”小ネタも震災後には必要だったと思う。『復興のため』『絆』とか立派なことばかり言われてきたけど、人は立派なことだけで生きられない。『何か違う』と思っていた。だから、くだらないことがあった上で、きちんと地方と中央の問題を理屈でなく、皮膚感覚で見つめてこられたドラマだと思うし、制作に入れたことをすごく誇りに思ってます」
‐紅白歌合戦は『あまちゃん紅白になる』と言われ、大友さんの出場も期待されていますが、大みそかのスケジュールは空けておられますか。
「親せきや友人からも聞かれていますが、出場するのかどうかは俺が知りたい(笑)。大みそかは毎年ライブやってます。ミュージシャンにとって年末は稼ぎ時。これでライブの仕事を入れずにスケジュールを空けておいて、紅白の仕事が入らなくて、家でみかん食いながら紅白を見ていたら情けないよね(笑)」
大友良英(おおとも・よしひで)1959年8月1日、横浜市生まれ、10代を福島市で過ごす。ギタリスト、作曲家、音楽プロデューサー。明大在学中からフリージャズに打ち込む。ノイズミュージックなど多様な音楽性で欧米、アジアなど国境を越えてライブ活動を続ける。「風花」「アイデン&ティティ」「色即ぜねれいしょん」などの映画、「鈴木先生」などのドラマの音楽も多数担当。著書に「大友良英のJAMJAM日記」など。12年に「プロジェクトFUKUSHIMA!」で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門受賞。