【ももクロ全力10年史1~無印時代】デビューの日、本当に見ている人は5人
ももいろクローバーZが、5月17日に結成10年目を迎えた。2014年に女性グループとして初めて国立競技場で単独公演を行うなど日本を代表する4人組だが、その歴史にはアイドルらしからぬ“ももクロ我流”の足跡が続く。デイリースポーツでは、22、23日の東京ドーム公演までの軌跡を関係者の証言を交えながら振り返る。
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ももクロは、2008年5月17日、神奈川県・川崎アゼリアでお披露目ライブを行い、デビューした。「Z」のつかない初期は、俗に「無印時代」と呼ばれる。
当初のメンバー6人中、現在まで残っているのは、百田夏菜子、玉井詩織、高城れにの3人だけ。デビュー日について聞くと、高城は「めっちゃ覚えてますよ」と明かした。「本当に見ている人は5人くらい。あとは道行く人がぱらぱら」
マネジャーの川上アキラ氏は「美談になってないかなぁ。もっといましたよ」と苦笑いするが、華々しい船出でなかったのは確か。当時は、チラシを配っても受け取ってもらえなかった。
所属事務所が女性タレントたちに人前での経験を積ませるために立ち上げたプロジェクトが「ももクロ」だった。高城も「今と比べて、全然、緊張しなかった。アイドルになるためにやっていたわけじゃなかったから」と回顧する。
手探りの状態だったが、デビュー前には川上氏らスタッフ陣が東京・秋葉原にあるAKB48劇場で渡辺麻友らが所属していたチームBの公演を視察。劇場の空気感に感銘を受け、定期的にライブのできる場所を模索した。
代々木公園の路上や飯田橋の商業施設内でライブを繰り返し、08年11月には佐々木彩夏と早見あかりが加入。入れ替えを経て、09年7月に有安杏果も加わり、初期の6人組が完成する。朝5時にメンバーと朝食を食べる「朝食会」など奇抜な企画を実施していた時期でもある。
10年5月にはシングル「行くぜっ!怪盗少女」でメジャーデビュー。曲中に百田がエビぞりジャンプする姿は、ももクロの代名詞となった。徐々に認知を高めていく中で、中心メンバーだった早見が脱退を発表。グループに衝撃が走る。
11年4月に行われた早見の脱退ライブでは、メンバーが号泣して、15分予定のMCが1時間半もかかった。悲しみにくれるライブの最後、「Z」への改名が発表され、伝説の幕が上がる。