世界に羽ばたく撫子、東志津監督

 日本人の被爆者のみならず、広島に在住していた韓国人、長崎の捕虜収容施設にいたオランダ人元捕虜にまで迫り、原爆体験を記録したドキュメンタリー映画『美しいひと』が5月31日から東京・新宿K`s cinemaで公開される(全国順次公開予定)。監督は、前作『花の夢-ある中国残留婦人-』(07年)が好評だった東志津監督。前回紹介した『黒四角』の奥原浩志監督同様、彼女もまた、文化庁新進芸術家海外派遣制度でフランスに留学した経験が今回の製作に大きく影響しているという。東監督に話を聞いた。

 東監督が渡仏したのは2009年。フランス国立フィルムセンター(CNC)を活動拠点に1年間、パリに在住した。34歳の決断だった。

 「『花の夢-ある中国残留婦人-』を製作したのが32歳。その後は上映活動に奔走し、自分自身人間として未熟だったこともあり、それですべてを出し切り何も残ってないような感じになってしまったんです。この先、映画の仕事を続けて行くのであれば、一度海外に出て自分を作り直さないと何も変わらないだろうと思ったんです」

 研修テーマは「戦争の記憶をいかにして映画を通して残していくか」。とはいえ最初は生活に慣れるので精一杯。語学学校に通い、映画観賞や講習に参加し、そしてひたすら街を歩いたという。それでも人種のるつぼであり、数々の歴史的事件の舞台となったパリは、東監督が取り組みと思うテーマの宝庫。中でも強く関心を抱いたのがユダヤ人迫害の歴史だったという。パリのみならずドイツやポーランドのアウシュビッツまで足を伸ばし、強制施設や博物館を訪ね歩いたという。

 「どの施設も若い見学者であふれていたし、家族連れも多かった。ナチスだけでなく(宗教上の理由などで)昔からあったユダヤ人迫害の真実を欧州全体で共有し、その歴史を乗り越えて行こうとする成熟した文化にまず関心しました。同時に感じたのが、1つの民族を絶滅させようとする大量虐殺の恐ろしさ。その頃、大江健三郎さんの著書『ヒロシマ・ノート』(岩波新書)を読んでいた事もあり、ホロコーストと原爆が結び付いたんです。民族ということを日本にいると意識しないけど、パリではアジア人というだけで毛嫌いされる悔しさを肌で感じ、人間の中にも区分けがあることを思い知らされました。原爆も、究極の人種差別だったのではないか?そんなふつふつとわき出ててきた怒りが、今回の製作の原点にもなっていると思います」

 撮影を行ったのは、帰国後の12年春~秋。ちょうど竹島問題で日韓関係が険悪になっている時だ。「逆にこういう時だからこそ」という思いで東監督は、被爆者が入居している韓国・陜川(ハプチョン)原爆被害者福祉会館と、オランダ人元捕虜の元へと飛んだ。後者はオランダ領だったインドネシアに日本軍が進行した際に捕虜となり、そこから長崎の捕虜収容施設に収監されていたため原爆の犠牲になった人たちだ。

 「どうしても原爆を題材にすると、広島と長崎の被爆者にインタビューし、投下直後の悲惨な状況を伺って、日本人が日本人を慰めるようなステレオタイプの描き方になってしまう。日本人の問題だけでなく、国や人種を超えた問題として描けないか?と考えていた時に、書物などで韓国人や元捕虜の存在を知りました」

 陜川で取材した韓国人は、日本語を話せる人も多く、カメラを持つ東監督に人懐っこく話しかける場面が多々ある。東監督の脳裏にはその時、パリ留学時代の苦い思い出が甦ったという。語学学校のクラスメートだった韓国人青年に「僕のおばあちゃんは日本の歌が歌えるんだ」と話しかけられた。日本が朝鮮半島を統治していた歴史に疎かった東監督は「どういうこと?」と聞き返してしまったという。そんな東監督に青年は言い放った。「いいの、いいの。日本人はそういう事を知らないからね」と。その経験から、今回の取材では日本語で応対することに戸惑いがあったという。

 「韓国の青年に言われた時は、本当に私は何も知らないんだなと猛省しました。今も戦後補償の問題などで韓国が日本を非難をするのは、彼らがいかに傷ついてきたかを日本人があまりにも無意識なんですよね。それを理解した上じゃないと、人として日本人と関われないという意見も当たり前だなと自戒も込めて実感します。なので逆に、私たち戦争を知らない世代が客観視して歴史を振り返ることで、互いに向き合うきっかけになればとも思います」

 次回作の構想はすでにあるという。東日本大震災をテーマにする予定だ。実は東監督は留学から一度帰国した後、さらに自費で留学を延長した。だがその最中に震災があり、いてもたってもいられず、留学を中断して帰国した経緯がある。

 「その瞬間、日本にいなかった自分は、どうしても震災体験を皆と共有できない。映画を創ることで皆と同じ時間を持ちたいと思うと同時に、ある程度時間が経ってから見えてきたこと、描くことがあると思うんです」

 強く、しなやかに…。世界に羽ばたく大和撫子に、もう迷いはないようだ。(映画ジャーナリスト・中山治美)

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