ツァイ監督の再出発「玄奘」にビックリ

 現地時間9月6日まで第71回ベネチア国際映画祭が開催中だ。1年前、現地取材に行って取材で走り回ったことを思い出す。日本では宮崎駿監督引退が大きく報じられたが、筆者自身は正直、同じく映画「郊遊〈ピクニック〉」(9月6日公開)をもって商業映画からの引退を発表した台湾のツァイ・ミンリャン監督の方にショックを受けた。56歳。まだ若いじゃないか!

 そのツァイ監督が8月1日~3日、台湾・台北市中山堂で舞台「玄奘/The Monk from Tang Dynasty」の演出を手掛けたというので台北へ飛んだ。そこには、岡本太郎もビックリの芸術が爆発していたのだ。

 舞台の主演は、ツァイ監督のデビュー映画「青春神話」(92年)から長年コンビを組んでいる俳優リー・カンション。

 国禁を侵して天竺に向かった玄奘三蔵法師の過酷な旅を無言劇で表現するという。しかも、ツァイ監督といえば映画でも長回しを多用することで知られるが、本作では玄奘役のリーが、冒頭約40分は寝っぱなしという、映画を上回る挑戦に挑んでいるという。

 そんな前情報に爆睡必至か!?と恐る恐る劇場に向かったのだが、いやぁ~斬新な演出に驚いた。白い紙の上に寝るリーの周りで、クロッキーを持った画家のガオ・ジュンホンが登場。すると蜘蛛を何匹も描いてリーを取り囲んだと思ったら、砂嵐でさらに追い込み、とうとう紙を真っ黒に塗ってしまい、リーを闇で包んでしまった。そう、リーは動かねど、美術セットが変容していくのだ。

 悪夢から起き上がったリーはその後、砂漠に見立てられた丸めた紙の上を、ミシミシと音を立てて歩き、食事をし、水を飲み、そしてまた、ゆっくり、ゆっくりと歩いていく。シンプルな白×黒×赤しか登場しない舞台のワンシーン、ワンシーンが絵のように美しく、相変わらずのツァイ監督の美的センスにうなってしまった。

 結局、ツァイ監督は、商業的になってしまった映画界に自ら決別したワケだが、舞台という自由な空間で伸び伸びと創造の翼を広げている事を実感し、ようやく、その決断を納得することができたような気がした。

 実は、ツァイ監督に対してはこちらが勝手にお慕い申し上げていたと言った方が正しい。というのも筆者がフランスのカンヌ国際映画祭に通い始めたのが1994年から。ベネチア国際映画祭へは2000年から参加し、個性的な監督との出会いと、彼らを通して知り得た世界に、記者としても人としても随分と勉強させてもらった。

 その代表が、中国のジャ・ジャンクー監督、韓国のキム・ギドク監督、そして台湾が侯孝賢監督やツァイ・ミンリャン監督だった。どの映画祭へ出かけても、大体彼らと一緒で、同じアジア人同志、食事したり酒を飲み交わしたこともあった。でも彼らは国際的な評価とは裏腹に、国内では厳しい環境下で孤軍奮闘していたのだ。

 ジャ監督は政府の許可なく映画を製作したことでとがめられ、長年、映画製作禁止令を出されていたし(それでもお構いなしに作っていたが)、キム監督は過激な作風から度々マスコミから叩かれ、そしてツァイ監督も、アート系作品はなかなか観客が入らないことから、自ら街頭に立ってチケットを手売りしていたという。

 しかし、長年積み重ねてきた実績と世界的な知名度がようやく花を開いたようで、今回の舞台は300席が毎回満席に。しかも、若い観客が多くて驚いた。どうやらアートの観点からツァイ作品が再評価されているようで、ツァイ監督も「最近は若いファンが多いんですよ」とニヤリ。同じ中山堂にあるツァイ監督プロデュースのオシャレなカフェも連日、若者たちでにぎわっているという。

 ツァイ監督は今後も、僧侶に扮したリーが大都会をゆっくり歩く短編「ウォーカー」シリーズなど、美術館での上映作品を手掛けていくという。映画祭でなかなか会えなくなるのはちょっと寂しいが、ツァイ監督の再出発を温かく見守りたい。そして、ぜひ「玄奘/The Monk from Tang dynasty」の日本公演を!

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