福島・飯館村の思いがこもった傑作

 東日本大震災をテーマにした作品の中でも、筆者の中で3本の指に入る傑作ドキュメンタリー『遺言 原発さえなければ』(豊田直巳&野田雅也・共同監督)。東京電力福島第一原発事故の影響で計画的避難地区に指定された飯館村の酪農家を追った3年間の記録だが、その中心人物となるのが同村前田行政区区長の長谷川健一さん。行政の理不尽な対応に怒りつつ、前田区民を束ねていく侠気ある姿に惚(ほ)れ惚(ぼ)れし、ぜひお会いして、じっくりお話を伺いたいと切望していた。

 その夢が先月、かなった。都内で開催された写真展飯館村Part2の会期中、長谷川さんの講演会が開催されたのだ。震災から3年半経ったが、長谷川さんは映画以上に“吠える獅子”となっていた。

 長谷川さんは現在、飯館村から伊達市伊達東仮説住宅に避難中。飯館では酪農を営みながら親子三世代で一つ屋根の下で暮らしていたが、狭い仮設住宅の事情もあって離散状態。かわいがっていた牛も手放さざるをえなくなった。そんな自身の現状を含め、飯館村民の思いを世間に伝えようと積極的にメディアの取材に応じている。映画『遺言 原発さえなければ』の長期に及ぶ取材に応じたのも、そんな思いからだという。

 それだけではない。自身でもカメラやビデオを持ち、日常を記録している。それらはすでに、著書『原発に「ふるさと」を奪われてー福島県飯館村・酪農家の叫び』(宝島社)、『【証言】奪われた故郷ーあの日飯館村に何が起こったのか』(オフィスエム)、『写真集 飯館村』(七つ森書館)と3冊にまとめられ、そして今年7月には新たに『酪農家・長谷川健一が語る までいな村、飯館』(七つ森書館)が花子夫人との共著で出版された。その他、講演活動も盛んに行っており、国内のみならず韓国やドイツまで出掛けている。

 大きな原動力になっているのは、福島第一原発事故直後、飯館村の放射線量が上がっていたにも関わらず情報を隠し、対応が遅れた菅野典雄村長や、安全講話を問いた御用学者たちへの憤り。彼らへの対抗策として、今ではガイガーカウンターで放射線量を独自で計測するのを怠らないという。

 震災の教訓から、自分の身は自分で守るを実践しているのだ。長谷川さんは力を込めて言う。「何年か後に問題があった時の証拠になりますからね。必ず放射能との因果関係を問われるから、素人なりにデータを採取しているんです」

 この日の講演で、集まった約100人の聴衆を驚かせたのは、長谷川さんが激写した除染作業の風景だ。「除染」と称し、住宅の屋根やビニールハウスを使い捨ての紙タオルで拭く作業員。汚染土がつめられたフレコンパックが積み上がった田んぼ。その置き場がいっぱいとなり、「仮置き場」の近くに「仮・仮置き場」が出来るという終わりの見えない作業。ここに、巨額の兆を超える国家予算が投入されているかと思うと、頭がクラクラしてしまった。

 こんな状況で帰村できるのか?否か?現状に地団駄を踏んでいるだけでは何も進まないとばかりに、長谷川さんは今、東電への損害賠償の増額を求めて、国の原子力損害賠償紛争解決センターへの集団申し立ての準備を進めている。すでに飯館村村民の約半数となる3201人(9月21日現在)の賛同者を得たそうで、長谷川さんは申立団の代表だ。「『黙っていれば、このまま終わるんだよ』と村民に言い続けていたら、この人数になった」と。

 映画『遺言 原発さえなければ』は、上映時間が3時間45分ある。それでも長谷川さんたちの苦しんだ3年間を思えば、短いと思った。だが当然だが映画はエンドロールが流れて終わるが、長谷川さんたちの闘いはまだまだ続いているのだということを実感。今後も動向を追い続けたい魅力あふれた人だった。(映画ジャーナリスト・中山治美)

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