塚本晋也監督「野火」は日本映画界の光

 世界三大映画祭の1つ、第71回ベネチア国際映画祭が9月6日に閉幕した。日本からは塚本晋也監督「野火」(来夏公開)がコンペティション部門に選出されたが、残念ながら受賞には至らなかった。しかし、塚本監督自身も繰り返し述べているが、戦争の悲惨さを描いた本作を今、この時期に影響力のある国際映画祭の場で上映されたことの意義は大きい。実際に塚本監督の志に共鳴し、本作の映画評や塚本監督のメッセージが世界中のメディアに掲載されている。

 原作は大岡昇平の同名小説だ。1959年に市川崑監督が一度映画化しているが、塚本監督は高校生時代に読んで衝撃を受けたという原作小説に立ち返って、新たに映画化している。

 市川監督版との違いは明白で、戦争末期のフィリピンで飢えに苦しむ兵士・田村の心理描写に迫っているのに対し、塚本監督版は観客を戦地に放り込むかのような体験型。目の前で閃光が走ったと思いきや機銃掃射で人が撃ち殺されていく戦慄、腕や足が撃ち落とされてしまった人のうめき声のおぞましさ、そして殺したくはないのに銃を敵に向けたら撃たざるをえない状況下に置かれてしまうという酷い現実。あまりの恐怖に、筆者は途中から口にハンカチを当てて、「おぉ」とか「わっ」とか自然に漏れ出てしまう声を防いでいた程だ。そして恐らく誰もが「戦争なんて絶対イヤだ!」と強く心に思うだろう。

 本作の衝撃度は、ベネチアのコンペ作品20作品の中でも一番だったという声も聞く。それだけではない。この映画には、昨今のぬるい日本映画からは絶対に感じられない覚悟や気迫がみなぎっているのだ。

 既に報道で知られているように、本作は塚本監督がTwitterで呼びかけたボランティアスタッフやキャストで製作された自主映画である。塚本監督は20年前から映画化に向けて動いていたが、出資者が見つからなかった…という結果だ。塚本監督自身は終戦70年を迎える来年夏の公開を公言しているが、実際のところ配給はまだ決まっていない。

 ベネチア国際映画祭への参加が決まってからは、出品の手配やマスコミの対応まですべて監督自身が行っていたため、ついにパソコンの打ち過ぎで腱鞘(けんしょう)炎になり、音声ファイルを添付してメールが送られてくるようになった。そんな状況を鑑み、ベネチア国際映画祭期間中は、現地と日本でマスコミの代表者を決めて窓口を一本化。情報の共有はFacebookを活用することにした。

 まさに孤軍奮闘した塚本監督だが、現地で日本のメディアに漏らした言葉が切ない。「この映画で(製作費を)回収できなかったら、もう2度と映画を作れなくなるという一歩手前のところまで来ているので」と。

 塚本晋也監督は紛れも無く、日本が世界に誇れる才人である。その人が自分の撮りたい映画をなかなか作れないという状況に、日本映画界としてこれでいいのか!という憤りを感じずにはいられない。だが同時に、それでも撮りたかったという塚本監督の衝動と信念は真っ直ぐで、商業化が進む日本映画界において一筋の光にすら思えるのも事実だ。

 日本初披露は、11月22日に開幕する第15回東京フィルメックス映画祭のオープニング上映で。塚本監督が“本気”で挑んだ作品をぜひ目撃して欲しい。(映画ジャーナリスト・中山治美)

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